ソムリエコラム Vol.5〜ワインのミステリー “@”〜

ソムリエコラム

カタツムリ?サルの尻尾?それとも仔犬?日本ではアットマークと呼ばれていますが、世界各国で色々な名前で呼ばれています。

さらに不思議なことに、その起源も謎とされ、はっきりしていることは“@”はインターネット普及以前から存在しているという事です。もっと掘り下げてみると“aの筆記体が基”“修道院で誕生した”など色々な説が見つかりますが、実はワインと関りの深い有力説も存在しています。

以前スペインのマドリード近くのワイナリーを訪れた時に、”@”の起源は農業にあり、と聞かされました。そのワイナリーではワイン名に”@”を使用したり、”Made in clay amphorae”とラベルに表記しています。いったいどういう事でしょうか。

時は古代ギリシャ時代まで遡ります。この時代は地中海での貿易が盛んに行われておりましたが、樽やガラス瓶はとても高価であったため、輸送にはアンフォラと呼ばれる素焼きの壺が広く使われていました。

その頃アンフォラを意味する記号として”@”が使用されており、穀物や液体の容積単位として用いられていたのではないか、と考えられています。そして時代は進み15世紀、イタリアからスペインへワインを輸送した記録に”@”(スペイン語でアローバと呼ばれる単位)が残されていたそうです。当時は1@ = 1/13樽だったようですが、現在でも地域によって異なる容量で使用されているそうです。

アンフォラは遥か昔からワインの醗酵や貯蔵などにも利用されており、その延長で輸送手段としても用いられてきました。そして時が経っても5@ (5アローバ=5壺)のように記号は残り、さらに容量もほぼ正確に計測されるようになったため、ワインを運ぶ際の便利な単位として広まっていったのでしょう。

ワインだけではなく、バレンシアではオレンジの重量単位として、世界ではメールアドレスに使用されていたりと、あやふやながら使い勝手のいい”@”です。このような不思議を発見できるのもまた、ワインの魅力の一つかもしれません。

“@”がラベル名に使われている白ワイン

Wine Tasting

産地は今回の舞台とは遠いカタルーニャ地方、マドリードというよりはバルセロナの方が近いです。生産者は最大手の一つTorres、地元ではKingやStarなどと称され、今年2020年で150周年を迎えます(ブドウ栽培の歴史はもっと長いとか)。そして今年はこんな年なので、というわけではありませんが、スーパーでよく見かけるこのCoronasを無意識に手に取っておりました。

Coronas 2016 by Torres

ブドウはスペイン原産の黒ブドウ“Tempranillo”主体で少しだけ“Cabernet Sauvignon”が含まれているそうです。Tempranilloは慣れるまで読みにくいかもしれませんが、日本語式発音ではテンプラニーリョと一般的に読まれます(rはしっかり舌を巻きましょう)。
訛りでテンプラニーヨやテンプラニージョと発音されたり、スペイン各地でTinto Finoなど全く別の名前がいくつもあったりと、今回のあやふやがテーマの“@”にも通ずるところがあるのではと感じました。

私は一時期メキシコ人と仕事をしていたこともあり、彼らの地元訛りテンプラニーヨの方が馴染んでいますが、実はこの書き方がより正解に近いのではないかという方もおり、こんなに有名なブドウですが私の中で読み方が不確かなブドウの一つで、いつも語尾を曖昧に発音しています…。どなたかスペイン語を教えてください(笑)

因みにこのブドウの語源はスペイン語の“Temprano = 早熟な”に由来し、その名の通り他のブドウ品種と比べて収穫が1週間~2週間も早かったりします。
このブドウの特徴は比較的明るい色でレッドフルーツ主体の香りを持っている事でしょうか。

外 観

中程度のルビー色ですが、グラスを傾けると淵がややレンガ色に変化し始めているように見えます。毎度のことですが照明がオレンジ系なのでそのせいかもしれません…。

香 り

ボトルを開けたときからなんですが、グラスに注ぐ前からふわふわと香りが漂っています。香りの強さは中程度ですが、湿った土に落ちている赤い果実の落ち着いた香り、シナモンやドライジンジャー、黒胡椒、少々のバニラ、若いレザーの香りやローズマリーなど濃い緑のフレッシュハーブ、若干のスモーキーさと言うように、とっても複雑です。

元日本一のソムリエは、この品種はボルドーと間違いやすいと仰っていましたが、まさに香りだけなら中堅クラスのボルドーと間違われてもおかしくありません

ドライで酸味が高めです。香りの様に赤い果実が口の中に漂います。
赤いプラム、チェリーなどを主体とし、そこにバニラの風味や他のスパイスたち、少々のグリーンノートに湿った赤~黒の土というように、香り同様味わいも複雑で、香りでも感じていましたが生肉のような野性っぽさもはっきりと表れています。そして私がこのブドウの指標の一つにしている、鉛筆の芯を舐めたような味わいを強く感じます。
それに対してタンニンは低めでボディーも比較的弱いかなぁという印象です。
アルコールは13.5%と中程度、余韻は中程度です。

総 評

香りや味わいの複雑さには感服しましたが、ボディーやタンニンとのバランスがちょっと取れておらず、最高!となりませんでしたが、このお値段でしたら申し分なく美味しくいただけるかな、という感想です
ワインに野生っぽさがあるので、料理はやはり赤身のお肉でしょう。

ミディアムレアで焼いたステーキなんて最高だと思いますが、ボディーが弱いのでシンプルに塩で味付けをし、タンニンも低いので脂身は少ない方が良いですね。タンニンが低い事を考えて、お肉を使った前菜にも合わせやすいと思います。他にも朝はハムを挟んだサンドイッチ、お昼にはラザニアなんていいと思います。

朝から飲んでも問題ない(?)やや軽めの赤ワイン、TorresのCoronasでした。


< プロフィール >

渋谷 大輔 
Daisuke Shibuya

<略歴>
北海道札幌市出身。現在、Suntory F&B Internationalが展開するSUN with MOON Japanese Dining & Caféと串カツ田中でシニアマネージャーを務める。
2020年には インターナショナルワインチャレンジ酒部門 准審査員に抜擢。

<ワイン資格等>
Certified Sommelier by Court of Master Sommelier
WSET Advanced Certified in Wine
インターナショナルワインチャレンジ酒部門 准審査員
WSET Advanced Certified in Sake

<受賞歴>
2019年 シンガポール – フランスワイン ベストソムリエコンクール優勝/アジア大会シンガポール代表
2019年 シンガポール – アメリカワイン ベストソムリエコンクール優勝

この記事を書いた人

SingaLife編集部

シンガポール在住の日本人をはじめ、シンガポールに興味がある日本在住の方々に向けて、シンガポールのニュースやビジネス情報をはじめとする現地の最新情報をお届けします!

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