親友の本帰国〜意識低めのわたしが、娘をインターに入れてみたら #16〜

シンガポールでの駐在生活につきものなのが、出会いと別れ

今回は#10のプレイデート記事で話題に挙げた、インターナショナルスクールに通う娘の中国人のベストフレンドとの突然の別れについてのお話です…

突然の衝撃的な知らせ


4月のある日こと。これまでWhatsAppでやり取りしていた娘の中国人ベストフレンド(以下、BF)のママから「WeChat(※中国のメッセージアプリ)のアカウントを持ってる?2週間後に中国に帰ることになりWhatsAppが使えなくなるので、持っていたら教えてほしい」という連絡が届きました。

そういえば3月下旬の娘のバースデーパーティーにBF家族を招待したとき「6月から始まる約2ヶ月間の夏休み期間は中国に帰る」と話していたことを思い出し、一時帰国の予定が早まったのかなとWeChatアカウントを連絡しつつ「シンガポールにはいつ戻ってくるの?」とメッセージを送りました。

すると、届いたのは衝撃的な一言。”We will not come back to Singapore.”―「シンガポールにはもう戻らない」という返事が届いたのです。

突然の爆弾発言に困惑する私。え…3月末に会ったときは、そんな話一度も出ていなかったよね…?むしろ、私たち家族は駐在だから3〜5年後には日本には戻るけど、BF家族は駐在ではなく本人の意志でシンガポールに来たので2030年くらいまではいると思う、いつか別れがくるのは寂しいね、という話を笑ってしていたのに…

告げられた事実をすぐには受け入れられず、「もしかしたら私の英語の理解が間違っているのかも」と何度もメッセージを読み直し、夫にもメッセージを見せました。が、人の目を入れて何度確認しても、やはり「BF家族は2週間後に中国に帰る」ことに変わりはないのでした。

娘の反応は


自分がまだ事実を受け入れられないながらも、隠すのも良くないだろうとそばにいた娘にもこのことを話したところ、「ふーん、そうなんだ」の一言。

「え、親友と別れるのにそれだけ!?」と一瞬思ってしまったものの、娘としても突然の出来事への驚きと悲しみの気持ちを飲み込んだ上での現時点での精一杯の反応なのであろうことは空気で伝わってきたため、それ以上は何も言わないようにしました。

事実を告げられた当初は驚きの気持ちが大きく、別れの実感がなかった私たち。しかし日が経つにつれ徐々に「本当にお別れなんだ」ということをひしひしと感じ、悲しみの気持ちが強まってきました。

BF家族は娘にとって異国の地でできた初めての親友で、私にとってもシンガポールではじめて家族ぐるみで仲良くなった友人。さらに、娘はBFともっとたくさん話せるようになることを目標に英語を頑張っていたので(同じ理由で中国語にも興味を持っていた)、そうした存在がいなくなってしまうことは、親子共々心にぽっかりと穴があくような気持ちだったのです。

さらに、本帰国を決めたのがかなり急だったため、最後に会う時間すら取れないということも悲しみに拍車をかけていました。しかし幸運なことに、急遽BF家族から本帰国のフライト前日にホテルに泊まることになり、そのホテルが私たちの家に近いので最後に一緒にディナーをしようという連絡があったのです!

それは、BF家族にとってはシンガポール生活最後の晩餐。そんなメモリアルな場面に立ち会える仲間として選んでもらえたことがとても嬉しく光栄な気持ちで、それをきっかけにメソメソモードから「明るく送り出してあげなきゃ!」と気持ちが切り替わった私。送別ギフトを選んだり、娘と一緒に手紙を書いたりと送り出しの準備をすすめ、最後のディナーの日を迎えました。

最後の晩餐はチリクラブで有名なJUMBOをBF家族が指定!中国人も唸る美味しさなんですね。

中国への帰国と、娘のその後


帰国前最後のディナーを一緒に楽しみ、翌日のフライトで中国に帰国したBF家族。

その後も、娘は時折「●●(BFの名前)は今ごろ何してるのかなー」とつぶやいたり、日本にいるおじいちゃんおばあちゃんとのテレビ電話で「●●っていう中国人の友達がいたけど、中国に帰ってしまったんだー」と話しており、別れの事実を受け入れている様子が伺えました。

ただ一度、娘が「これは願いを書くと叶うノートです」という設定でごっこ遊びをしていたとき、夫が冗談交じりに「●●って書いたら、シンガポールに帰ってくるのかな?」と口にしたところ、笑いながらも一瞬とても寂しそうな表情を見せたことがありました。

今回の別れに際して結局一度も「さみしい」とははっきりと口に出さなかった娘ですが、娘なりに悲しみを一人で乗り越えようとしてたんだな…と切なくなりました。

昨夏、自分自身が日本からシンガポールに引っ越してきたときも、同じように5年間一緒に過ごした保育園の友達との別れを経験した娘。しかし、そのときは別れというより「送り出し」に近く(駐在期間が終わればいずれ日本に戻るため)、悲しみより新しい生活への期待が強いものでした。

そのため今回こそが娘にとって人生初とも言える「別れ」の経験。異国の地で初めて出会った親友と、半年ちょっとでの別れというのはなかなかビターですが、これはシンガポールで暮らす上での宿命と言えるのかもしれません。

しかし別れはつらいものである一方、海外に友人がいるというのは心強いと感じる側面もあります。実際、2021年5月半ばにシンガポールの新型コロナウイルス対策の規制が強まったとき、BF家族から届いた「シンガポールの状況は大丈夫?万が一買い占めが起こって、物が足りなくなったりしたら中国から荷物を送るから!」というメッセージは、とてもありがたいものでした。娘同士も時折ビデオ通話で顔を合わせ、お互いの学校の様子を報告したり、自分たちの部屋を見せ合ったりしています。

別れはつらく悲しくて、時に事実から目を背けたくなることもあるもの。決して強い母ではない私ですが、これからも落ち込みながらも別れを恐れることなく、娘と一緒に出会いと別れをサバイブし、ともに国境を超えて支え合える仲間を作っていきたいです。

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この記事を書いた人

risako taira

2020年8月に来星したWebライター歴4年の一児の母です。初めての海外生活。シンガポールの好きなところは、夜景と辛いものが充実していること。