リー・クアンユーのヒストリーvol.26不人気政策国益のために信念貫く出産奨励の演説賛否両論

あれは83年8月の独立記念日の演説だった。私は、高学歴の未婚女性に結婚を勧め、国の将来のためにも子供をなるべくたくさん産むように訴えた。国民から反発が出ることは分かっていたが、今の問題を指摘しておかないと、結果的に我々は国民が将来を誤る政策を進めることになる。

それは80年の人口調査でこんなデータが上がってきたからだ。高学歴の女性ほど未婚のままでいる可能性が高い。結婚しても最少の子供しか産まない。これに対し、教育水準の低い女性には、子供が平均で三人もいるーー。

知能指数が人によって違うのは現実である。そして教育の高い親から生まれた子供は、出来がいいことも統計が示している。高学歴女性が結婚しなかったり、子供が少なかったりすることは国の将来にとって由々しきことである。

文化的な事情でシンガポール男性は普通、教育程度が自分と同じ水準か以下の女性としか結婚したがらない。自分より教育水準が高い女性と結婚しようとする男性はまれである。その結果、高学歴女性が未婚のまま40歳になることも珍しくない。このことは国家にとって大変な損失である。

これには多くの国民からいろいろな反応を受けた。マスコミも「議論が分かれる」との見出しで大々的に取り上げたものだ。新聞各紙に載った国民の声も賛否両論だったのである。「これでは教育のない女性や家庭は子供を産むなと言うのと同じ」という反発が教育の低い層からは上がった。教育による国民の差別、低学歴者に対する偏見だというのである。高学歴の未婚女性は「結婚していない女性が悪いように思われる。女性も自分自身でやりたいようにした方が良いと思う」とか「今の充実した仕事よりも魅力的で結婚したくなる男性が見つからなかったから」と言う。

「男性ばかりの政府だからそんなことを言う」などと評判は芳しくなかった。だが、私は真実を言ったまでである。自分のことで言えば、私の妻は高学歴である。経済的に自立した法律家で、私は子供を育て上げた女性を妻に持ち、恵まれたと思っている。彼女がいなければ政治家としての私はもっと大変だったろうと思う。

それに私は人間の能力は客観的なもので、それぞれが能力に適した仕事をやるべきだと考えている。たとえ学歴が低くても、バスの運転手はその仕事で十分に社会的な役割を果たしていると私は思う。私は国民に人気がなく、議論が分かれる政策でも、長期的に見て国益、すなわち大多数の国民のためになるならば信念をもって提案し、実行してきた

総選挙のうわさが出た84年に、あえて国民にとり短期的に負担が増す増税措置を取ったのも国民の将来の利益のためだからだ。私は選挙で私の政策を国民がどこまで理解してくれるかをみたい。世論調査や人気投票には関心を持たない。評判の良しあしを気にするようでは国の指導者ではない。世論の風向きに従えば流されるだけだ。私はそのような考え方はしない。世論の多数派が正しいとは限らない。私は決して意識的に敵をつくるようなことはしない。しかし、意見が違うのなら、闘うしかない。信念のためにである。こればかりは避けようがないことだと思う。国民に事実をきちんと説明して、あとは彼らの判断に任せるべきなのだ。

私は、世論がどうであれ国にとってなすべきことを確実に実行することが指導者の責務だと確信している。国民は長い目で見て、私が正しいことをしたと理解してくれたと信じている。

(シンガポール上級相)

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