【第88回】タイ政治を読み解くカギの一つ、憲法裁判所 [タイ×政治]

5月にタイを訪問した岸田総理と会談するプラユット首相。(写真:首相官邸ホームページ)

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

タイという国は、他国と比べてユニークだと感じる。その理由の一つに裁判所と政治の関係がある。タイの憲法裁判所は8月24日、プラユット首相に対する職務停止命令を言い渡した。プラユット首相に対抗する野党が出していた請願に基づく判断だ。野党は、プラユット首相は8月24日をもって、憲法が定める首相任期の上限である2期8年を迎えるため、退任すべきと主張していた。

過去にもタイの裁判所は政治の重要な局面で、決定的な判決を下したことがある。特に2001年にタクシン・シナワットが首相に就任して以来、タクシン派対反タクシン派の対立構造が中心だった時期は目立った。

2006年には海外滞在中のタクシン首相(当時)に対して、不正な土地取引で有罪判決が下った。タクシン氏は帰国すると拘束されるため、未だに外国暮らしが続いている。そして2008年、タクシン派のサマック首相(当時)に対して、憲法裁判所がテレビ出演料の受け取りが副業禁止規定に抵触すると判断し、サマック内閣は総辞職に追い込まれた。

更に、憲法裁判所は同じ年に、ソムチャイ首相(当時)が所属するタクシン派与党の国民の力党に対して、手続きミスを理由に、ソムチャイ氏に対する政治活動の禁止と解党命令を下した。この後、最大政党無しで総選挙に突入し、野党が政権を奪取するという事態が発生した。

さらには2014年、憲法裁判所がインラック首相(当時、タクシン氏の実妹)に対して、政府要職に縁故者を起用したとして違憲判断を下し、インラック氏は議員を失職して、首相の座からも追われた。

このように、憲法裁判所はタクシン派に不利な判断を下し続けてきた。今回は、タクシン派に対抗する流れを組むプラユット首相に対する命令という点が注目されている。た

だ、首相任期の開始時期について、野党は、2014年のクーデターでプラユット氏が暫定首相に就任した時からと主張しているのに対して、与党は、現憲法が制定された2017年または2019年総選挙後に首相に就任した2019年からと主張し、対立している。

これまで、憲法裁判所はプラユット首相寄りの判断を下してきたため、最終的には合憲となり、職務停止命令は解かれるのではないかとも言われている。いかにもタイ政治、という動きであり、最終判断が注目される。


*2022年8月30日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。




この記事を書いた人

SingaLife編集部

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