【東南アジア×歴史】東南アジアに未だ残る植民地のくびき。スールー王国の末裔とマレーシア政府の争い

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

東南アジアはタイを除き、欧米と日本による植民地時代を経験している。100年単位で過去の話であるが、現在にも影響は残る。今、100年以上前に滅びたスールー王国が震源地となり、マレーシアとの間で問題が発生している。

スールー王国は15世紀に成立したとされ、最盛期には、現在のフィリピン領の南西部にあるスールー諸島とマレーシア領サバ州の一帯を治めていたが、1915年にアメリカの植民地支配により消滅した。現在も、支配者スルタンの末裔を名乗る人たちがいる。

その末裔たちが、裁判所を通じてマレーシアの国有資産の差し押さえを行った。原因は、1878年に英国の商社とスールーのスルタンの間で結ばれた土地の貸与をする契約である。英国から独立したマレーシア(当初はマラヤ)政府が各種の権利を引き継いでおり、この契約も含まれるとスルタンの末裔たちは考えている。マレーシア政府も、長年、賃借料を支払ってきた。

しかし、2013年、「スールー王国軍」を名乗る武装勢力がサバ州に侵入して、マレーシア警察との間で銃撃戦が発生し、死者が発生して状況が変わった。これを受けて、マレーシア政府はスルタンの末裔たちへの支払いを停止した。

今年2月に国際仲裁裁判所が末裔たちの主張を認め、マレーシア政府に149億2000万米ドルの賠償を命じた。マレーシア政府は不当だとして、仲裁裁判所の判断を認めなかった。

これに対して、スルタンの末裔たちは7月11日に再び国際仲裁裁判所の判断を仰ぎ、国営石油会社ペトロナスがルクセンブルクに持つ資産の差し押さえ手続きをとった。マレーシア政府はすぐに対応し、7月12日、フランスのパリ控訴院が差し押さえの執行を差し止めする命令を出した。国際仲裁裁判所の判断に対してパリ控訴院が差し押さえが出来るのは、外国の裁判所の仲裁判断を認める条約が存在するためだ。

マレーシアとフィリピンの間にはサバ領有権問題があり、その遠因がスールー王国の存在である。フィリピン政府がスールーのスルタンの末裔たちの主張に介入する可能性は低く、独自に権利を主張させる状況を維持すると見られる。

この一連の動きは、東南アジアにはまだまだ植民地時代のくびきが残っていることを再認識させらるものだった。


*2022年7月28日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。




この記事を書いた人

SingaLife編集部

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