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ホーカーで60年間、ワンタン麺店を続けた91歳の女性、コロナで閉店「必ずまた店やる」

新型コロナウイルスの感染拡大はシンガポールの庶民食堂「ホーカー」にも影響を及ぼしている。シンガポールで最高齢のホーカー店主の91歳の女性は、店を一時たたむことにした。「またお店をやる」と再開のチャンスをうかがっている

「ホーカー」続け60年

約60年にわたってシンガポールの庶民食堂「ホーカー」で店を続けてきた女性がいる。91歳のレオン・ユエ・メンさんだ。いまでも週に6日、夜明け前に起きて昔ながらのワンタン麺の準備に励んでいる。

ホーカー店主では最高齢とみられるレオンさんは、シンガポール国内ではスタンフォード・ロードの旧・国立図書館の外にある「ナム・セン・ヌードルハウス(Nam Seng Noodle House)」の創始者として知られている。

レオンさんは20年前から、店をチャイナストリート沿いのファー・イースト・スクエアに移転させたが、このほど店を閉店させるという。新型コロナウイルス感染拡大の影響はこんなところにまで及んでいた。感染拡大防止対策として在宅ワーク(work-from-home)が推進された結果、店があるビジネス街に人が来なくなってしまったのだ。

「仕事のやり方がすっかり変わってしまって、元に戻るのは難しそうです。できるなら続けたい。大変な思いをして作り上げてきた『ナム・セン(Nam Seng)』の看板だから」とレオンさんは話す。

店頭に立ちたい

レオンさんがお店を最初に開いたのは1962年。故人となった夫から経済的に応援してもらった。店は、旧国立図書館の前にひっそりと構えた。

ホーカーを始めたきっかけは、それ以前に鶏雑炊などをクイーンズ・ストリートのとある学校で売ったことだった。その後レオンさんは親戚から、後に看板メニューとなるワンタン麺の作り方を習った。

店の名前「ナム・セン(Nam Seng)」は義理の母の提案によるものだった。「ナム(Nam)」はマレー半島と東南アジアを含む広いエリアの「南洋(Nangyang)」を指す。「セン(Seng)」は商売繁盛の象徴という。

1960年代後半、シンガポールに駐留していたイギリス軍が引き上げることとなった。レオンさんの夫はイギリス軍関係の仕事に就いており、家族と一緒にイギリスに移住しないかと誘いがあった

夫から移住について聞いたレオンさんは断固断った。「私は英語なんてこれっぽっちもできないのに海外にいくなんてふざけている。シンガポールに残」とレオンさんは言った。

この頃、レオンさんの店ではチャーシュー入りのワンタン麺一杯を30セントで売っていた。この後50セント、70セント、1ドルと値上げしてきて、今では5ドルになったという。

何人かの助けはあるものの、レオンさんは今でも現役でお店を切り盛りしている。朝早く起きて、家のあるトア・パヨ地区にある生鮮市場で仕入れも欠かさない。

レオンさんは次男からナム・セン(Nam Seng)のお店に送ってもらっている。今でも一日中ワンタンを作り、客の注文をさばいている。

どうしても手を動かしていたいの。人はなんでもしなくちゃいけない。従業員を頼ってばかりはいたくないの」とレオンさんは仕事へのこだわりを話す。「お金を稼ぎたいなら不満は言っちゃいけない。思い悩むくらいなら家に帰って寝ちゃったほうがいいわね」。

最近20年ほどは、レオンさんはビジネス客で賑わうチャイナストリートでお店を続けてきた。しかしこのほど、新型コロナウイルスの感染拡大でこの状況は一変した。

レオンさんは91歳。高齢のため、感染し重症化するリスクもある。コロナの影響でビジネス街からは人気がなくなったまま。今は一時的に店を閉店させているところだ。でも、レオンさんは気力がありあまっているのか「サーキットブレーカー(※シンガポールの部分的・短期的コロナ対策のロックダウン策)中は新聞を読むかテレビを観るくらいで退屈で仕方なかった」と漏らす。

「また始める」

サーキットブレーカーの後、レオンさんは店を再開させた。「すぐに再開したのは売り上げがないとしても皆と会えるから」と振り返る。

しかし、客のほとんどはビジネス街のサラリーマン。人出がなく、ほとんど売れなかった。7月にはファー・イースト・スクエアの店を閉店させた

「20年前にこの店を借りたころから、仕事で出会うのはとても良い人達ばかりでね。まさか人と話すのさえ難しくなるなんて思いもしなかったよ」とレオンさんは言う。

レオンさんのもとで働いていた1人は母国の中国に帰った。1人はレオンさんの兄弟が経営するレストランで働くことになり、もう1人は「休みがほしい」と言って去った。

91歳のレオンさんは普通なら静かに引退してもおかしくない年齢だ。しかし、彼女はどうしてもナム・セン(Nam Seng)の看板を守ろうとしている。

何十年も働いてきた。この店の看板のため何十年も捧げてきたの。手放すなんて考えられない。私たちなりにやっていきます。新しい場所をきっと探す。きっと戻ってくる。また店を開く時は必ず新聞でみんなに知らせますよ。インターネットでも、電話でも!

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