<11月の日本帰国レポート>初めての里帰りでシンガポールから日本へ。入国時のPCR検査も14日間の隔離中の連絡もなし
シンガポールで産まれた長男を連れて帰るために、11月にシンガポールから日本へ一時帰国をしたシンガライフのスタッフ、蘭さんのレポートをお届けします。
蘭と申します。産まれたばかりの子どもの里帰りのため、11月にシンガポールから日本へ一時帰国しました。
新型コロナが流行してシンガポールと日本とが自由に往来できなくなってから数ヶ月が過ぎました。一時帰国を検討されている方もいらっしゃるかと思いますので、何かのお役に立てればと思いレポートいたします。
長男は9月に産まれ、私たち夫婦にとって初めての子どもということもあり、日本に住む両親のところへ里帰りをするのは、いつがいいのか悩んでいました。
本来であれば、両親が日本からシンガポールに子育ての手伝いに来てくれるはずでしたが、それが叶わなくなり、私たちが乳飲み子を連れて日本に一時帰国することにしました。
一時帰国日程
目的:里帰り
日本に一時帰国する際の懸念点は、シンガポールに戻って来たときに課される14日間の隔離です。これを政府が指定する施設(ホテル)などで過ごすことになると、子どもへの負担も大きいと思い、一時帰国できずにいました。
ただ、シンガポール政府が11月4日以降は、日本からの入国者は自宅での隔離期間を認めるとしたことから、一時帰国を決めました。
ただ、その後すぐにシンガポール政府が方針を再び転換。日本からの入国者を再び政府指定施設での隔離にしてしまいました。
日本行きのフライト
シンガポールから日本のフライトは日系の航空会社を利用しました。到着するのは成田空港です。朝8時ごろのフライトでしたが、チャンギ空港には人影がまばら。免税店やラウンジは閉鎖しているところが多かったです。
飛行機への搭乗者は50人いたかどうかです。これまで日本とシンガポールとを何度も往復していますが、これだけ人が少ないのは初めてです。
エコノミークラスに搭乗しましたが、その往復の購入で片道の料金がおよそ230ドル。今まで見た中で一番安く、驚きました。
航空会社にとっては本当に気の毒ですが、利用者の立場からは、空きシートが多いのは大変有り難かったです。3席、4席、3席の並びのシート配列でしたが、横には我々以外誰も座っていませんでした。
乳児のためのバシネットを使い、さらに隣の席に手荷物を置くことができて、広々と過ごすことができました。子どもは泣き叫ぶこともなく、約7時間のフライトも快適でした。
乳児ということで、逐次気にかけて様々な配慮をして下さったキャビンアテンダントさんには、感謝の気持ちでいっぱいです。
成田空港でのPCR検査は免除
日本政府は11月1日以降、感染が抑えられている地域から到着し入国する人に対するPCR検査を免除する措置を取っており、その地域にシンガポールも含まれていました。そのため、私たちもPCR検査を受けることはありませんでした。
到着した飛行機からはバスで空港施設まで移動し、そこからは約10人がグループになって集団移動をします。入管の前に設けられたスペースで、10分程度待機したのちに、自主隔離期間中の滞在場所や連絡先などを紙に記入し、窓口に提出します。
その後、入管でパスポートチェックを受けて、預けた荷物を受け取り、税関をパスすれば入国となります。
成田空港からの移動手段の確保
今回の一時帰国で悩ませたのは、到着空港からの移動手段の確保です。
日本政府は、海外からの到着者は14日間の自主隔離の期間中は公共交通機関の利用を自粛するよう要請しています。タクシーも含まれるため、空港からの移動は、家族や友人知人の自家用車に乗せてもらう、もしくは専用のハイヤーを利用するに限られます。
私の実家は関東にはなく、中部地方にあります。そしてシンガポールから日本行きの飛行機は成田空港に到着します。
そこで頼ったのは、シンガポールで出会った友人です。私が一時帰国する前に本帰国した友人に成田空港まで来ていただき、車に乗せていただきました。
この友人がいなかったら、おそらく実家まで帰る手段が見つからずに、里帰りの一時帰国自体も諦めていたことと思います。
この場を借りて改めて御礼を申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
ただ、実態として成田空港から出発する高速バスに乗ろうと思えば乗れそうでしたし、鉄道の利用も検査官がいてチェックされる、というような感じではありませんでした。
コンビニやコーヒーショップに立ち寄ることもできますし、洋服を買うこともできます。あくまでその人の倫理観に任せる、というのが日本政府のスタンスのようで、強権的なシンガポールとは大きく異なるなぁ、という印象でした。
ようやくの安堵感
こうして、どうにか実家に到着した私たちは、ここで14日間の自主隔離を過ごしました。シンガポールを経ってからおよそ15〜16時間、ようやく落ち着ける場所に到着したことで緊張状態から解放され、疲労感が一気に襲って来ました。
幼い息子を連れての初飛行、大きな荷物を抱えての陸路での長距離移動。実家に到着するまでは、日本に着いたーという安堵感はありませんでした。
「約1年ぶりの日本だ」という感慨に浸ることができたのは、実家の湯船につかった時でした。
所在確認の連絡なし
成田空港の特設カウンターに提出した用紙には、連絡先として実家の固定電話の番号を記入しました。そのため14日間の自主隔離中に、管轄の保健所から所在確認の電話が固定電話にあると思い、電話に気を払っていましたが、14日間の滞在中、一度も保健所からの電話はありませんでした。
滞在先が実家で、さらに幼な子を連れているため出歩くこともしないだろう、と信頼をして下さったのかもしれません。自動音声案内に返答する形で所在確認をした、という人もおり、保健所によって大きく異なるのかもしれません。
終わりに
コロナ禍での帰国は思ったよりもハードになりましたが、一度日本に帰国すると、日本の快適さがとても心地よく感じます。そして何よりも、孫の顔を初めて見たときの親の嬉しそうなようすを見ると「無理してでも帰国してよかった」と思います。生まれて数ヶ月の時期にしか見せない赤ちゃんの顔はやはり特別で、親も喜んでくれています。
最後に、私たちが帰国することで、多くの方、特に保険衛生に携わっている方々の負担や仕事を増やしてしまっていることには、恐縮の思いでいっぱいです。
年明けにシンガポールに戻る予定でおりますが、日本からシンガポールへ戻る時の方がハードルが高そうで、またその様子もレポートとしてお届けできればと思います。
この記事を書いた人
SingaLife編集部
シンガポール在住の日本人をはじめ、シンガポールに興味がある日本在住の方々に向けて、シンガポールのニュースやビジネス情報をはじめとする現地の最新情報をお届けします!