[シンガポール×ジョホール・バル]【現地レポ】 新旧混じって発展するジョホール・バル、あのフォレストシティの今

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

8月の前半、ジョホール・バル(JB)に行く機会がありました。学生時代から、JB以外の都市を含め、ジョホール州の各都市にそれなりの頻度で行っていましたが、コロナ禍以来では初めて、ほぼ3年ぶりの訪問となりました。ほぼ24時間という短い滞在でしたが、いくつかアップデートできたこともありました。

まず、Jalan DhobyとJalan Tan Hiok Neeで囲まれたエリアの変貌ぶりです。ここはシンガポール国境にも近い地域であり、JBのなかでも歴史の古いエリアです。私が初めてJBを訪問したのは2000年と22年前ですが、当時はこの地域は小さな商店や娼館があり猥雑な地域でした。

しかし、今は若い人たちが新しいお店を開き、ミニマルなカフェ、流行に乗ったインテリアのレストラン、こだわりのあるセレクトショップなどがひしめいています。ぽつぽつと古くからの商店もあるのが、時代の移行期を感じさせ、ある種の風情を醸し出しています。このエリアの南側のJalan Ismail Sultanにある新山華族歴史博物館では、華人社会の視点からJBが歩んできた歴史を学ぶことも出来ます。

そして、私が過去数年間、JBに行くとほぼ毎回足を運び、定期的なウォッチをしてきたのがフォレストシティです。中国の大手デベロッパーカントリーガーデンとジョホールのスルタン家の資金が入っているEsplanade Danga 88による合弁で開発されてきた、住宅やリゾート、学校なども含む巨大な複合開発プロジェクトです。

2016年に当時のナジブ首相によるオープニングセレモニーが行われています。2017年に住宅のセールスギャラリーを訪問した際には、マレーシアやシンガポール以外から、特に中国本土からの見学客が多く訪れていました。

しかし、今回の訪問では、コロナ禍と平日という点は差し引いて考える必要があるとしても、ほとんど人がいない状況でした。販売担当者など企業関係者はほぼおらず、私以外に見学客はひとりだけでした。スマートシティとしての開発構想を説明するビデオも電源が切られて、パンフレットも在庫無しという状況でした。

また、すでに完成した建物をみるとベランダに緑が茂りすぎており、人が住んでいる気配は殆ど感じられず、お店もほぼ閉店していました。中国との移動が自由になった後、かつての活気が戻るのか見ていきたいと思います。

個人的な感想ですが、シンガポールではJBに関する偏った情報が先行しすぎている気がします。等身大のJBをもっと見て欲しいとも感じた旅でもありました。

フォレストシティの現在。完成した棟のベランダは青々と緑が茂っていた

セレクトショップとカフェ:かつてとは様変わりしたJalan DhobyとJalan Tan Hiok Neeのエリア
撮影:川端隆史


*2022年8月24日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。




この記事を書いた人

SingaLife編集部

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