シンガポールの刑事手続について 〜犯罪被害者を中心とした考察〜 -Vanilla Law 法律事務所 Vol2-
シンガポールは、『日本と比べて非常にルールの厳しい国』というのは、既に皆様、ご存知の通りかと思います。こんな軽微な犯罪でも?と思われることで逮捕されることもあり、日本と異なるルールに驚かれる人も多いのではないでしょうか。
犯罪が発生しているその裏では、その同数の犯罪被害者が生まれているということですね。犯罪の被害に遭っているのに、どうしたら良いかわからないということで、被害者が泣き寝入りをしなければならないというのは非常に悲しいことです。
犯罪が発生した際に、一番苦しんでいるはずの、被害者保護という視点が薄いというのは、日本でも言われてきていることですが、当職も感じているジレンマであります。
シンガポールにおいて、逮捕、起訴された場合についての対応に関しては、既に詳しい情報が多数出版されておりますので、本稿では、犯罪の被害にあってしまったという方が、当地の刑事手続きをどのように利用したらよいかを中心にお伝えしていきます。
1.シンガポールではどのような犯罪が多いですか? またどういう場合に犯罪に巻き込まれることが多いでしょうか。
「犯罪」と聞くと、窃盗、強盗、殺人といった犯罪がイメージとして浮かぶでしょうか。夜道を歩いていたらいきなり襲われた、通り魔にいきなり刺されてしまったなど、日本でもたびたび報道されるような犯罪をイメージされる方が多いかもしれません。
しかし、犯罪の多くは知人間にて発生することが多いのが現実です。
見知らぬ人に夜道に引ったくりにあった、突然襲撃されて金銭を奪われた、などという犯罪が、皆無というわけではありませんが、治安の良いシンガポールでは、めったに起きる犯罪ではありません。
見知らぬ人からの犯罪被害をうけるというよりは、知人間での暴行、傷害、詐欺、性犯罪などが多く、特に日本人は、シンガポールにおける人間関係が狭く濃密となりがちですので、その特徴が顕著に現れやすいといえるでしょう。
また、お酒の席やその前後での犯罪が多いのも事実。報道によると、飲み屋、ナイトクラブ等での性犯罪は、コロナ禍と比較して514%増加したとのこと。お酒が入ることで、常識的な判断ができなくなってしまうという人が、いかに多いかということが数値で明確に現れている一例と言えます。
また被害者側も、お酒に酔っていることで、被害回避行動が取れなくなってしまうことも原因の一つと考えられます。お酒が入って、ちょっと気が緩んでしまったことで、犯罪の加害者、被害者になってしまう可能性があるという点、少しご注意いただければと思います。
謙虚な日本人にありがちなのですが、お酒を飲んでいて被害にあってしまったのは、気が緩んでいた自分のせいだと、自責の念に囚われ、被害を訴えずに終わるという方も少なからずいらっしゃいます。しかし、そこは非難される点ではないので、どうか気にせず被害を訴えていただければと思います。
2.犯罪の被害に遭いました。どうしたらいいでしょうか。
どんな犯罪であれ、犯罪の被害者となった場合、『警察に被害届を提出する』というのが被害者が最初に行うべき行動です。
シンガポールでは、被害届を出すタイミングが非常に早いのが特徴です。その場で警察を呼ぶ、当日に警察に被害届を提出する、というのは常識で、翌日提出したという場合でも、遅いのでは? と言われてしまうくらいです。
この被害届提出のタイミングの差というのは、シンガポールと日本の文化的な背景の違いもさることながら、海外での犯罪であることも大きく影響しているのではないかと思います。
そもそも犯罪の被害にあったということがわからなかった、被害は認知していたがどこに行ったらいいかわからなかった、英語がわからないので警察に行くのを諦めたなど、日本とは異なる環境から、被害届を提出するのが遅れてしまう人がいます。
被害にあったのではないかと思われた場合、一人で悩まず、すぐに専門家に相談することをおすすめいたします。
3.被害にあってから時間が経ってしまいましたが大丈夫でしょうか。
上記のとおり、シンガポール人にとっては、被害届をすぐに提出するというのが常識ではありますが、当地の法律やルールを知らない日本人の場合、被害届の提出が遅れてしまうことが多々あるのが現状です。
被害をすぐに訴える=被害が実際にあり、被害者の被害感情が大きいという方程式と成立するためかと推測しますが、被害届の提出の遅れは、警察にもネガティブな事情の一つに取られてしまうこともあります。
被害届提出が遅れた場合、警察に必ず「なんで時間が経ってから被害届をだしたの?」と聞かれます。もちろん、被害届提出にいたるまでの心理状態や、法律がわからなかった、警察にいっていいのかわからなかった等、合理的な理由を説明すれば問題ありません。
犯行現場その他を記録するCCTVの映像も一定期間後は消去されます。このCCTVの映像、明確に犯人の犯行時刻・犯行現場での行動を記録するものですので、非常に重要かつ有力な証拠の一つとなります。事件から2〜3カ月であれば、まだ映像が残っている可能性がありますが、それ以上の期間があいてしまいますと、記録が消されている可能性が高まりますので、その点ご注意ください。
もっとも、CCTVの記録が消去されるほど期間が開いてしまったら、被害届を受理してもらえない、その後の捜査をしてもらえない、ということではありませんので、被害届を出そうと決意された時点でも、被害届の提出は諦めないでください。
このCCTVの映像が残っていた場合、警察は追跡可能であれば、どこまででも追ってくれます。例えば電車内で痴漢にあったがその場では被害を訴えられなかったというような場合でも、後に警察がCCTVを追跡して犯人の住居や会社などを特定することは可能ですので、現場で声を上げることができなかったという場合も、諦めずに被害を訴えてみると良いでしょう。
4.英語が得意ではないので、警察にきちんと伝えられるか不安なのですが。
取り調べは、もちろん全て英語で行われます。犯罪事実がどのようなものであったのか、場所、時間、犯行態様まで、こと細かく、また正確に供述しなければなりません。必ず通訳を手配してもらうようにしましょう。
供述により作成した調書は、捜査官・検察官により、供述者の面前で読み上げられ、内容を理解し、間違い無いということを確認したという署名を行う必要があります。署名した調書は、証拠として採用されますので、内容は、細部まですべて確認し、ニュアンスが違うというような細かい部分も、自分の言いたいことがしっかりと記録されているか、納得がいくまで時間をかけて確認してください。
法律用語や制度は複雑ですので、英語には問題ないという方でも、調書の内容に関しては、必ず専門の通訳をお願いするようにしてください。専門の通訳は警察にて手配してもらえます。
被害届を出すタイミングであれば、自分で通訳を同伴することも可能です。法律用語は非常に複雑ですので、専門の通訳を同伴するとなお良いでしょう。
5.被害届提出後の刑事手続きについて教えてください。
①捜査段階 |
警察にて被害届を受理し、さらなる捜査が必要と判断された場合、担当捜査官による詳しい取り調べが行われます。(通常は被害届提出日と同日。担当捜査官とのスケジュールが合わない場合は、後日。)
その後、警察にて、被疑者、関係者の取り調べが行われ、証言が食い違っている場合、再度詳細を確認するため、被害者の取り調べが行われることがあります。
警察にて、取り調べ、その他証拠の収集など十分な捜査が行われたのち、検察に事件が送られます。この検察においても、検察官による被害者の取り調べが行われるのが通常です。
②起訴後 |
検察においても証拠が十分と判断された場合、被疑者が起訴され、刑事裁判手続きが開始します。この段階で、被疑者は被告人となり、被告人(弁護側)、検察官双方の主張立証をへて、有罪、無罪、量刑について、裁判所が決定します。
被告人が無罪だと主張している場合や、その他被害者の証言と争いがある場合などは、裁判所で、被害者(証人)として証言することもあるでしょう。その際にも通訳者が必ずついた上での手続きとなりますので、言語の問題を心配する必要はありません。
6.被害者でも弁護士に相談できるのでしょうか。
弁護士は、被疑者、被告人の弁護をするのが仕事の一つではありますが、被害者のサポートも時として行います。当職は、これまで被疑者側、被害者側双方のサポートを行っておりますが、割合としては半々くらいかと思います。
被害届提出の段階から、きちんと事件を正確かつ詳細に警察に伝えるのは、非常に重要です。海外において、困難な状況におかれ、冷静でいられることの方が珍しいことですので、自身の考えや、状況、対策をまとめるためにも、まずは弁護士など専門家への相談をされることを強くおすすめいたします。
*本稿は、個別に法的アドバイスを行うものではございません。個別の法律問題につきましては、別途専門家にご相談ください。
*監修:Vanilla Law LLC
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この記事を書いた人
SingaLife編集部
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