リー・クアンユーのヒストリーvol.29 現実主義 与党圧勝の原動力に 選挙「1人1票」にも疑問

私は1965年の独立までは時間を追って自らの歩みを詳しく語ってきた。65年以降については、その時々の問題点やトピックを中心に私の行動や思想をお話ししてきた。

その思想を現実のものにしたのが国民の支持を受けた人民行動党(PAP)の国会における圧倒的な勢力である。1968年4月の総選挙でPAPは完全に勝利した。共産党系の社会主義戦線が国会をボイコットする戦術を採ったこともあり、我々は58選挙区のうち、51区で無競争当選した。投票のあった7区では全部勝ち、国会はPAPの独占になったのだ。この後、PAPは4年ごとの総選挙で毎回得票率を高めて4回連続で国会議席を独占、80年12月の選挙では得票率が77.66%に達した。

一方、地域ごとに政府や行政のあり方への不満や注文などを吸い上げる仕組みを構築し、草の根レベルの建設的な声を政策に反映する努力も重ねてきた。国民の支持で政策の遂行がうまくいったのである。これが選挙での勝利の原動力だろう。

PAPはイデオロギーに流されることなく、シンガポールのビジョンを掲げてきた。「現状がこうで、事実はこうだ。だからこうしよう」と具体的に問題を解決するのだ。

84年には、選挙で勝たなくても野党に選挙区と無関係に三議席を保証する制度を導入した。一人が当選した場合は二議席である。我々は苦しい時代を通り抜けてきた。その時代を知る40歳以上の人たちは野党には投票しないこともあり、論敵が必要だった。若い世代に野党の限界を知らせることだ。

「文明の衝突」で知られる米国ハーバード大学のハンチントン教授が私を訪ねてきたことがある。彼は、それまでシンガポールの清潔で効率的なシステムは民主的な手続きや価値観に裏付けられておらず長続きしない、と批判的だった。私が身構えていると「驚かないでくださいよ」と近刊の本を見せ「あなたには良い話です」と言う。

多人種国家でありながら価値観を共有する国家をつくり上げた政府を称賛し、西欧とシンガポールは違うことを認めたのだ。言い換えれば、米国は自らのイメージで世界を再編することはできないと認めたわけだ。

彼は、西欧の価値観は特筆すべきだが国際的普遍性を持つと考えるのは「間違いかつ僭越(せんえつ)で危険である」ことを認めたのだと思う。韓国の金大中大統領も米国の外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」で私を批判したことがある。「民主主義こそ我々の行く先である」と。どこでそんなことが具体的に起きているのだろう。いずれそうなるなら、なぜ、それほど興奮するのか。避けられない歴史の流れの中で、権威主義的政権や抑圧的指導者は消えていくというのなら。

私はどんなに理論がもっともらしく聞こえ、論理的に響いても、それを信じない。最後の決め手はやはり現実だ。現実世界の中で何が起きるか、社会の中で生活している人々に何が起きるかが大切なのだ。私への批判には、いつもシンガポールという国の実績が答えてくれると思っている。

私にとって、平等という概念は夢想である。人間は平等ではなく、社会への貢献度も違う。私は個人的に議会民主主義の基本とされる選挙での一人一票制にも疑問を持っている。国家に貢献度が高く、社会的責任が大きく、結婚して家族がある、35歳から60歳までの人々には二票与えるというのも一案だ。もっともそれが実現するのは15年から20年先になるだろう。どんな制度も世の中の変化に合わせて調整しなければならない。

(シンガポール上級相)


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この記事を書いた人

SingaLife編集部

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