駐在夫、子を育てる-40- 寛容性
これはシンガポールに駐在する妻に帯同し、“駐在夫”として家事や育児に奮闘する日々を綴ったコラムです。シンガポールのフリーマガジン「シンガライフ」誌上で連載しているものに一部加筆して、ウェブでも公開しています。
子育てをするに際して、親が持ち合わせてなければならない要素の一つに「寛容性」が挙げられるはずだ。耐え忍ぶ「忍耐」ではなく、受け入れる「寛容」さである。広辞苑によれば「①寛大で、よく人をゆるしいれること。咎めだてせぬこと。②善を行うことは困難であるという自覚から、他人の罪過をきびしく責めぬこと」という意味である。
1歳になったモモタ(仮名)は、食事をすれば食べこぼしが椅子に床に散乱。毎食後、拭き掃除をしている。ストロー付きの水筒で水の飲んでいるかと思えば、口に含んだ水をわざと吐き出して遊んでいる。洋服も床も水浸し。着替えさせて、床を乾拭き。
叱ったところで、行動がすぐに改まるわけではないので、寛容性の出番である。「まぁ、こんなものだよな」と。
「お風呂を入れてスキンケアクリームを塗った後のうんち」は絶望感すら抱くシーンだ。「せっかくお風呂いれたのに、なんで今なのよ」と。しかし、ここでも寛容性を発揮しなければならない。「まぁ、仕方ないか」と。決して「自分がお風呂に入れるタイミングが悪かったんだ」と思わないことである。そう思うのは精神衛生上よろしくない。
あくまでも寛容、つまり受け入れることが肝要なのだ。
子育てで培われる寛容性は、別の場面でも発揮される。子を連れていないとき、目当てのバスの到着が15分後であっても「まぁ、仕方ないな」となり、15分経過してもまだバスがきてなくても「まぁ、そんな日もあるか」となる。モモタがみせる理不尽な振る舞いを知ってしまったら、バスが遅れていようが、突然の運休になろうが「まぁ仕方ない」と思えるようになるのだ。
と、書きつつ、寛容性を発揮しない人もいるのも事実だ。駐在夫の妻である。モモタの振る舞いには寛容性を見せるものの、駐在夫が食べている納豆には寛容さを全く示さない。「食卓じゃなくて、(ドアが閉まる)キッチンで食べて!」と言い放ち、モモタも納豆が好きなので、食べさせれば「早くモモタの口吹いて。すぐに歯磨きして」とモモタが望んでもいないことを強要してくる。
ぜひ「子育て以外の場面でも寛容性を発揮できる人」に転向して欲しいのだが、どうしたらいいのだろうか。「お風呂上がりすぐのうんち」に並ぶぐらいの絶望感にさいなまれている。
この記事を書いた人
SingaLife編集部
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