【水×シンガポール】水をめぐる安全保障。2060年までに大幅な国産化を目指す長期戦略とは

NEWaterの製造設備の外観

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

シンガポールにとって、水の確保は重要な課題だ。シンガポール公益事業庁(PUB)によれば、国内の1日当たり水需要は4億3000万ガロンで、オリンピック用プール782個分に相当する。熱帯雨林気候で雨が沢山降っている問題ない、という簡単な話にはならない。例えば、マレーシアは頻繁に水不足に悩まされている。

シンガポールの水源は、貯水池、マレーシアからの輸入、再利用水のNEWater、海水淡水化と4つある。貯水池は17カ所あり、マリーナベイサンズやサンテックシティが面するマリーナ貯水池もその一つだ。

第2の水源であるマレーシアからの輸入については、シンガポールがマレーシアから独立する前の1961年と1962年、当時のシンガポール市とジョホール州の間で結ばれた2つの水合意がある。1961年合意は2011年まで有効であり、シンガポールはジョホールのテブラウとスクダイから上限なしで生水を引くことができた。その代わりに、シンガポールは引いた分の12%は浄水としてマレーシアに戻す義務を追っていた。

もう一つの1962年合意は2061年まで有効であり、ジョホール川から1日当たり2億5000万ガロンまで生水を引くことができ、うち2%を浄水として戻す義務がある。1962年合意をフルに使えば、シンガポールの水需要の半分強まで満たすことが可能だ。ただ、水合意に基づく供給はマレーシアという相手国の意向にも依存するため、安全保障上のリスクでもある。

そこで、シンガポールが「国産」として作ることが出来るNEWaterと、海水淡水化が注目される。NEWaterは現時点で水需要の最大約4割まで、淡水化海水は最大約4分の1まで満たすことが可能だ。シンガポール政府は2060年には前者を55%、後者を30%にまで引き上げる計画を掲げ、マレーシアとの水合意が2061年に失効した後でも、貯水池を加えて国産で水需要を全てまかなえることが狙いだ。

こうした水事情を知るために、NEWater Visitor Centreには是非訪問してみて欲しい。事前予約が必要だが、外国人や旅行者でも無料で参加でき、ガイド付きで内部設備も見学できる。また、市内中心部にあり、手軽に行ける場所としてはMarina Barrage Sustainable Galleryもある。長期的視野に立ったシンガポールの水戦略から学ぶことは多いはずだ。

見学後に配布されるお試しのNEWater(先日、筆者が訪問した際には配布されなかった)

*2022年6月27日脱稿


プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。




この記事を書いた人

SingaLife編集部

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