【シンガポール×食糧安全保障】マレーシアの鶏肉禁輸、データを示して冷静を呼びかけるシンガポール政府

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

マレーシア政府が6月から鶏肉の輸出を停止し、シンガポールでは大きな話題となった。マレーシア産の鶏肉の購入に走るシンガポールの消費者の様子が報じられた。鶏肉はシンガポールでは最も消費されている食肉である。

政府やメディアは、「パニック・バイ(panic buying)」となる必要は無いと呼びかけた。その際に、単純に冷静さを求めるのではなく、データを提示して落ち着かせるところがいかにもシンガポールらしい。

The Straits Timesが5月25日付けで提示したデータは、鶏肉の輸入先のデータ3年分である。マレーシアは、シンガポールの輸入先として、2021年で34%と確かに多いが、実は、最も多いのは48%のブラジルである。また、マレーシアは2019年は37%であり、若干減った。そして、「その他」が2019年の4%から、2021年は10%に増えた。これらの数字から示唆されるのは、シンガポール政府は輸入先の多様化に努め、マレーシアへの依存度を抑制しているということである。

また、フェアプライス担当者のコメントとして、「冷凍の鶏肉の在庫は、4ヶ月分は確保している」とのコメントも掲載された。さらに、5月28日付けThe Straits Timesは、”No cause for panic buying”というタイトルで社説を掲載しており、「パニック・バイ」に走る必要性はないことを強調した。

シンガポールにとって食糧確保は重要な課題だ。1人当たり名目GDPがUSD72,794と日本の倍近くになり(日本はUSD39,340)、世界的にも有数な豊かな国だが、問題なのは東京23区あるいは淡路島ほどの大きさしかない国土では、食糧生産が問題となるのは不可避だとすれば、輸入に頼らざるを得ない。シンガポール政府は、2030年までに食糧自給率を30%まで引き上げる政策「30 by 30」を推進し、徐々に成果は現れている。ただ、目標を達成したとしても、食糧確保は、国家存立に関わる重要課題であることには変わりが無い。

今回の鶏肉騒ぎからは、シンガポール政府のデータの活用の妙を見た気がする。日本のことを翻って考えると、もう少しデータを明示的かつ効果的に国民に伝達することも必要ではないかと思う。


*2022年6月1日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。




この記事を書いた人

SingaLife編集部

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