シンガポール国立大学の日本語プログラム主任Walker泉さんへインタビュー
NUSで言語教育学教授として20年活躍されているWalker氏。
シンガポールでの日本語教育や日系企業と学生のこと、在星日本人の英語教育について伺いました。
NUSで日本語科目を履修する学生と人気の秘密
年間1400人の学生が日本語を履修しています。日本語の教員は総勢30人近くです。語学教育研究センターでは13言語教えていますが、日本語が一番人気です。
昔は圧倒的に日本のアニメやドラマからの動機が多かったのですが、今はただただ日本が好き等、動機が多様化していますね。10年程前までは日本のメディアで育った世代でしたが、今は変わってきています。
1980年代にリー・クアンユー元首相が「日本に学べ」をスローガンとして掲げ、日本企業を模範とした企業人教育や日本語学習が奨励された時代がありました。
しかし、バブルが弾けた後は経済的な理由で日本語を学ぶ学生が減少。私はビジネス日本語も教えていますが、そのコースを修了しても日系企業に入りたい学生は今かなり少ない状況です。
大学入学当初はアニメや日本文化などあいまいな理由で学び始める学生が多いのですが、高学年になると就職に有利だからなどという動機に変わってきます。確かに、政府機関、外資企業が日本語の人事部からよく連絡があります。
外資系企業がシンガポールに本社を移転することが多い中、日本人クライアントとやりとりできる人材を欲し、さらにシンガポールの地場産業も日本へのビジネスを広げたくて、日本語ができる人材が必要とされています。日本の企業からも、日本語ができる卒業生への求人が急増しており、その対応に追われている状況です。
ただ問題もあり、日系企業の新卒給料はローカル企業のそれより低く、学生が日系企業に入社したがらない傾向があります。学生達には日本語を学ぶメリットとして、日系企業だけでなくローカル産業や外資系企業への就職に有利ということ、キャリアパスを広げて活躍できる場が広がるという話をしています。
日本とのビジネスが広がれば、世界と日本の交流も進んで、日本にとっても良いように運ぶことを期待して学生には日本語を学んでほしいと思っています。
シンガポールでは家族が第一なので国外に行かない問題もあります。日本への短期留学など、国を一度出ることを勧めています。国内に留まりたい層が多いのでそこは変えていきたいですね。
シンガポールの大学では勉強だけではなくリーダーとしての資質やチームワークなど全人格的な教育にも力を注いでいます。アジア人なので控えめさもあり、上司を尊敬する文化もあるので、日系企業に役立つ人材も育てられると思います。そのような学生と企業のニーズがマッチできたらと願っています。
言語教育の専門家から見たバイリンガル教育について
シンガポールにいる日本人家庭のお子さんのタイプは大きく3つに分かれます。ローカル校で学ぶ子、インターナショナルスクールで学ぶ子、日本人学校で学ぶ子です。
ローカル校とインター校では主となる言語は英語になりますから、自ずと英語は強化されます。一方、日本人学校の学生は日本語の心配はないですが、英語の心配が出てきます。
その子たちが皆グローバル企業を目指すことになった時、どのような言語能力が役立つのでしょうか。一つ言えるのは、母語レベルの言語を一つでもしっかり持つということです。最近は、シンガポールのローカル校に入る日本人のお子さんが増えていますが、英語も中国語もマスターできずに落ちこぼれてしまい、日本への帰国を考え始めますが、十分な日本語能力も育っていないため帰国も難しいというケースが出てきます。それはお子さんにとって最も悲惨な状況です。そのような状況にならないよう、言語の教育を真剣に考えておかなければならないと思います。
日本人学校に通うお子さんのご家族にお伝えしたいのは、帰国子女枠で入れる学校が日本では増えているので、そこに入れる英語力は最低限延ばしておいた方がいいということです。学校入学後に英語をしっかり学べば、欧米の大学にいける可能性も勿論あります。アメリカもイギリスも日本人学校が減ってきていて、なんとか日本人を増やしたいと考えています。もし欧米の大学に行くことを考えているなら、勉強だけでなくボランティアや課外活動も重要です。
どこを目指して行くのかを考える
日本の大学を出て、大学院で海外というのもありですよね。ただ自分が目指すところがどこなのかで変わってきます。外資系企業を将来目指すのであれば、英語圏の大学に行った方が有利かもしれません。もしくは日系企業でグローバル人材として海外で活躍することを目指すなら日本の大学で学ぶのも一つの選択肢です。
あと言語以上に難しいのはバイカルチャーの問題ですね。特に両親が日本人の場合は、根のカルチャーがどこにあるのかをきちんと定めてあげることも大切です。
我が家の場合は学校では英語で家庭では日本語を使い、土曜日も日本語補習校に通うなどして日本語学習に励みました。上の子はシンガポールでインター校で国際バカロレアとバイリンガル・ディプロマを取得。北米の大学に留学し、アメリカの金融企業から内定をもらいましたが、日本語ができるということが評価されたようです。グローバル人材と見なされるには、日本語ができることは大きなメリットです。実際仕事で使うかどうかというより、日本的な価値観や言語行動など日本文化が理解できることが大事。ビジネスでは、言葉の背後にある相手の心を見抜ける力が重要だからです。
シンガポール在住の親御さんにもう一つ言えることは、シンガポールにいる間に、この国の文化や社会の仕組みを学んでおくということです。シンガポールがなぜ成功しているかを学ぶことは将来に必ず活きてくるはずです。
また、欧米の大学を卒業後、現地企業に就職することはビザの問題もありかなり難しいので、その辺りの覚悟も必要です。それを踏まえた上でどこに軸を置いて教育していくかを考える必要があります。
この記事を書いた人
Natalie
駐在4ヵ国目、2児の母。 日本で旅行情報誌の制作・編集を経て、在住国の海外邦人向け情報誌のライターへ。 お値打ちで美味しいもの、安く手に入る雑貨などを好むプチプラ・ラバー。激辛激甘に目がない。推しのKPOPを聴くこと、ドラマや映画を観ること、ゴミ拾いが趣味。