女性が進出し始めたシンガポールの葬祭業

かつて葬祭業は、他に選択肢がない時に就く仕事だと考えられていましたが、時代と共に大きな変化が訪れています。シンガポールでは、特に若い世代の女性が、数多く葬祭業界に進出しています。

「近年、(1947年~1964年生まれの)ベビーブーム世代が高齢化し、その世代で亡くなる人が増えるにしたがって、葬祭業に興味を持つ若い女性が増えています。遺族に寄り添うことが、価値のある仕事だと捉えられはじめたのです」と、大手葬祭会社シンガポール・キャスケットのCEO(最高経営責任者)、ゴー・ウィー・レンさんは話します。同社では、2008年の女性従業員の割合は9%でしたが、現在は23%に増えています。また一方で、死化粧を施す遺体整復師や、弔辞を述べる役割を、女性に担ってほしいという遺族側の声も多くなっているといいます。

しかし、未だに男性が多くを占める葬祭業界の中で働く女性には、良くも悪くも大きな注目が集まります。

男性優位の葬祭業界でひときわ輝くジェニー・テイさん

ジェニーさん(後列中央)
ダイレクト葬祭サービス社のFacebookより

ダイレクト葬祭サービス社 の社長を務めるジェニー・テイさん(35)は、「年配の男性は、若い女性は教養が無いと考える人は多いです。私が真剣に仕事に取り組んでいないだろうと口にする人もいます。偏った意見だとは思いますが、私は気にしていません」と話します。ジェニーさんは、2013年に、父が営む葬祭会社に、当時の婚約者で現在の夫、ダレン・チェンさん(36)と共に入社しました。ジェニーさんの父親、ローランド・テイさん(74)は、貧しい人々や殺人事件の被害者のために、無償で葬祭を行う慈善活動を行ったことで知られています

ジェニーさんがこの厳しい業界に足を踏み入れたのは、父親への愛ゆえでした。ローランドさんは、2012年に心臓発作で倒れましたが、搬送先の病院の救急病棟でも仕事の電話を取り続けました。「その姿を目にしたとき、娘として父親の負担を軽くしてあげたいと思ったのです」とジェニーさんは語ります。

ローランドさんは、ジェニーさんが15歳の時にジェニーさんの母親と離婚し、ジェニーさんは母親と暮らしていたため、父娘はそれ以来、1月に1~2度一緒に食事をするのみでした。「父はよく新聞に載っていて、貧富を問わず誰にで葬儀を提供しており、それがとても印象的でした」とジェニーさんは語ります。

同社は、ジェニーさんが後を継いだ現在も慈善活動を続けています。高齢者や恵まれない人々のイベント運営を行うダイレクト・ライフ基金も立ち上げました。しかし、年中無休の葬祭業界がゆえに、ジェニーさん夫妻は、映画や旅行に行くこともできなかったのです。

そこで、夫妻は現在、ワークライフバランスの改善を目指して、キャリアステップの明確化や社風改革に取り組んでいます。従業員数は以前の10倍の70人に増え、その多くが20代や30代の若者です。さらに、3分の1が働き始めたばかりの20代の女性か、キャリアチェンジを図った女性だといいます。

父はかつて、葬祭業界に入りたがる人がいないとよく嘆いていました。しかし、近年では葬祭業の捉え方は変わってきています」とジェニーさんは話します。「この業界には男女平等な機会があり、だからこそ、どんどん女性の進出が進んでいるのです。」

母に葬祭業界から追い出されても戻ってきた4姉妹

4姉妹全員が葬祭業に携わっているケースもあります。それが、一番上の姉・ジア・ジアさん(41)、次女のアンジョリー・メイさん(40)、三女のサラ・アンさん(35)、四女のザカリーさん(25)たちです。

アンジョリーさん(右手前)
ライフ・セレブラント葬祭社のFacebookより

アンジョリーさんとサラさんは、2004年に葬祭業に携わるようになりました。それは、母親のチン・ミー・チュンさん(65)が夫を亡くし、夫が経営していたアン・ユー・セン葬祭社を継いだからです。

アンジョリーさんは事業拡大に成功し、2010年にライフ・セレブラント葬祭社 を設立。サラさんは2014年に、セレニティ葬祭社の社長であるエルソン・チョンさんと結婚しました。そして、2人の姉のジア・ジアさんはアン・ユー・セン葬祭社の経理部門で、妹のザカリーさんはリノベーション部門で、それぞれチンさんの仕事を手伝っています。

父親が死亡した2004年、ジア・ジアさんは会計士として働いており、サラさんとザカリーさんはまだ学生でした。アンジョリーさんはその時の仕事を辞めて、母親の仕事を手伝うことを決断。しかし、父親の遺産は9,000ドルに満たず、ギャンブルの借金も。「私の人生は一夜のうちに大きく変わりました。私が家族を支えなくては、と思ったのです」とアンジョリーさんは語ります。サラさんも同様に「大学卒業後すぐに母を手伝いたい」と思ったそうです。

しかし、母親のチンさんは、1年後にアンジョリーさんを辞めさせます。「娘として母を助けたかっただけなのに、どうして理解してもらえないのか苦しみました」とアンジョリーさんは話します。サラさんが2014年にニュージーランドで遺体整復師としての勉強を始めた時も、チンさんはサラさんと1年間口を利かなかったといいます。

チンさんは「娘たちには、他の選択肢もあるということを知っておいてほしかったのです」と話します。さらに「葬祭業のような休みがない仕事ではなく、もっと自分自身のために時間を使える仕事をして欲しかった」ともいいます。

サラさんとアンジョリーさんは、仕事にやりがいを感じていました。サラさんは、傷ついた遺体を生前の姿に近づける整復は、亡くなった人への気遣いと配慮を示す仕事だと感じています。サラさんのチームの遺体整復師は3人全員が女性です。「女性の方が遺体をより丁寧に扱う傾向にあり、遺族にも喜ばれる」とサラさんは話します。

アンジョリーさんは、財務アドバイザーとして4年間過ごした後、自らライフ・セレブラント葬祭社を設立しました。遺体が皆同じようなペッタリした髪型をしていることに長年疑問を感じていたため、できるだけ生前と同じような髪形にするよう従業員を指導しています。2017年には、遺族自身が亡くなった方の沐浴、着装、化粧を施す手伝いをする「愛のシャワー(Showers of Love)」というサービスも開始しました。

しかし、全てが順調だったわけではありません。仕事が忙しくなるにつれ、家族との時間は減りました。サラさんには4歳の息子と3歳の娘がいますが、昨年の娘の誕生日会に間に合わなかったことを後悔しています。

アンジョリーさんにも1歳の娘がいますが、今になって母親のチンさんの気持ちが分かるようになったといいます。「親は子どものことを1番に想っていますが、それが伝わっているとは限りません。今となっては、母が一度葬祭業界から私を追い出し、視野を広げてくれたことに感謝しています。同時に、この業界で働くことで、悔いのないように生きることの大切さも学んでいます」と語りました。

連続殺人犯に興味を惹かれる遺体整復師

リン・イー・フエイさん(25)は、法医学鑑定と連続殺人犯に心を惹かれてきました。「以前から、死者と関わる仕事がしたいと思っていました。その人がなぜどうやって死んだのかを解明したかったのです」と話します。しかし、そのためには科学捜査と病理学を10年以上学ぶ必要があると分かり、亡くなった方の「最後の旅路」に関わる仕事をするべく、21歳の時に葬祭業界に入りました。

リンさんは現在、セレニティ葬祭社で遺体整復師の研修生として働いていますが、母親は当初その選択に衝撃を受け、もっと良い職に就けるはずだと反対したといいます。しかし、リンさんは、動脈に注入された化学薬品や、様々な状態の遺体を防腐処理することの難しさを、楽しく学んでいます。リンさんには印刷会社で働く28歳の夫と9ヵ月の娘がおり、母や兄弟も含め、現在では皆リンさんの仕事に協力的です。

リンさんの体の小ささから、遺体整復師の仕事に向いていないのではと言う人もいますが、「体格が小さくても、何の問題もありません。持ち上げる技術さえあればよいのですから」とリンさんは話しました。

シンガポールでは続々と活躍する女性が出てくる葬祭業界。日本の葬祭業の状況はどのようになっているのでしょうか。


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この記事を書いた人

SingaLife編集部

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