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シンガポール入国後のコロナの隔離生活を切り抜ける10か条。シンガポール人2人の実体験から

2020年12月現在、一部の国や地域をのぞいて、海外からシンガポールに入国した場合、入国後の14日間は、政府が指定する施設(ホテル)や自宅などで、隔離生活を送らなければなりません。Stay Home Notice(SHN)と呼ばれる措置です。

この措置の期間中、狭い部屋でかなりの不自由を強いられます。シンガポールの地元紙「ストレーツ・タイムズ」が、「SHNを切り抜ける10カ条」という記事を掲載していたので、そちらを紹介します。


夜明け時が、一日の中で一番好きだ。アイフォンで「ホテル・カリフォルニア」を流す。今日やっておきたいことのリストを作る。やる気が出るように詳しく、それでいてやる気を失ってしまわない長さにとどめる―。

先月初めの2週間、私はシンガポールのダウンタウンにあるホテルに缶詰めになっていた。バルコニーから日常の生活を眺めることができたのが幸いだった。眼下にはプールやテニスコートも見えた。

直近8年間をワシントンD.C.で過ごした。アメリカの新型コロナの感染者の数は気が滅入るような多さだったし、マスクを着用することにみんなが協力するわけではなかった。2020年3月からずっと、私たちはほとんど自主隔離生活を送っていた。まるで世界の反対側に置き去りにされてしまったようだった。

だから私はシンガポールに戻るフライトを楽しみにしていた。しかし、このフライトはショッキングな経験になった。私はたったの5人の乗客の一人で、機内はほとんど無人だった。チャンギ空港にこんなに人がいないのも見たことがなかった。いるのは私たちを案内するための制服を着たスタッフだけだった。

もちろん、ホテルでの隔離もショッキングだった。どこにも外出できず、誰とも会わずに室内で過ごす2週間は気が滅入るものだ。

私は姪に連絡を取った。彼女は3月にロンドンから戻った際、無症状ではあったものの新型コロナ陽性となり、シンガポールの施設で31日間に及ぶ隔離生活を送った経験がある。

そして私と彼女が考えたのが、この「隔離生活を切り抜けるための10か条」だ。

1,食料ネットワーク

これは全ての隔離ホテルでいわれていることであり、最大の問題ともいえる。インスタグラムでも、刑務所の食事のような、トレイに盛られた炭水化物の投稿を見ることができる。

食料品を配達してくれる友人のネットワークを作ることホテルには飲み物を冷やすためのミニバーがあるだけで、食品のための冷蔵庫はないということをお忘れなく。食料品を配達してくれる友人にも、このことは忘れずに伝えなくてはならない。頼むのはフルーツやナッツ、可能ならグラノーラ、小パックの牛乳がいい。不健康なスナックをドカ食いしないためのものが必要だ。

フードデリバリーのアプリをダウンロードしよう。このアプリが生命線になる。ホテルのスタッフは効率的に配達してくれる。

2,音楽

音楽は最高の味方だ。良いスピーカーを持ってきて、気分に合った音楽をかけて過ごせば良かったと思う。姪は人の声を聴きたくて、ポッドキャストを流していたそうだ。

3,日々の課題

私にはこの「何もできない」隔離期間のためのとっておきのプロジェクトがあった。

30年分の家族のビデオ動画を編集するチャンスでもあったし、慈善活動の手伝いをすることを約束していた友人もいたやりかけの仕事の報告書もあったし、去年からずっとかかりきりになっている編集中の本もあった。壁一面に「課題リスト」のポストイットが貼られ、何日もそのままだった。問題は、この膨大なタスクを一日分のタスクに分解することなのだ。

「うまく利用すれば、隔離期間はずっとやりたいと思っていたことをやる良い機会になる」と姪は言う。「私は隔離生活中ヴァーチャル・インターンシップに参加してUXデザインについて学んだ。悲観的な気持ちが薄れて、前向きに自分のキャリアのことを考えることができた」

4,休憩時間

罪悪感のない程度の休憩時間を設けよう。隔離中の一日は長い。

私の場合、午後はネットフリックスタイムだった。一日の残りを頑張る気力が十分に充電できるまで、面白そうな映画やドラマを思う存分に観た。これには姪の同意も得られた。「私は昔観たときにはちゃんと理解できていなかった映画を観直した。ターミネーターとかね」

5,最低限の日用品

隔離に使われる部屋は、あなたにとってまさに2週間の“ミニ・ホーム”になる。ホテルには恐らく食器用の洗剤やスポンジ、洗濯洗剤もない。私はちゃんとしたディナープレートやカトラリーを頼んだ。おかげでプラスチックのお皿とスプーンで食べるはめにならずに済み、文明的に暮らしている気分になれた。

良質なパジャマを持ってくるか、スポーツカジュアルな感じの服装がいい。時折あるZoom会議のために、スカーフとジャケットがあってもいい。

姪はこれについては意見が異なるようだ。「私はパジャマで一日中過ごすことはしなかった。リラックスしすぎちゃったり、無気力になっちゃったりするから」

私は洋服については厳密に就寝時と活動時で分けていた。朝起きたらすぐにベッドメイキングをして、短い昼寝をするとき以外は決してベッドに戻らないことにしていた。

6,人とのつながり

私のような外向きタイプの人にとってはこれが最もつらいことだろう。どういうわけか、どのチャットやアプリ、電話でさえも私の心を弾ませることはできなかった。やがて私は人の顔を何日も見ていないということに気付いた。ビニール袋に入った食事を部屋のドアにかける係のノックが聞こえる度に私は挨拶しようとしたのだが、スタッフはいつもすぐに去ってしまうのだった。

すぐに私は友達にビデオ通話をしようといった。それが全てを変えた。

私は素晴らしいことを閃いた。忙しい日々に追われて関係が薄くなってしまった世界中の友人たちと、また繋がるのはどうだろう?マドリードの家や、スウェーデンのアパートメント、インドネシアのジョグロをオンラインで「訪問」し、ポルトガルの緑豊かな庭園を楽しんだ。そして友人たちの家族に再会し、すっかり大きくなった子どもたち、年老いたご両親、ペットに挨拶した。

このおかげで私は檻から抜け出し、元気を取り戻すことができた。

7,セルフケア

ちょっとした贅沢をしよう、時間だけはあるのだから。私は友人にフェイスマスクと良質なバスソルトを頼んだ。夜にお酒を楽しむための氷も。また一日生き抜いたことを祝うのだ。

8,カウントダウン・カレンダー

楽観的というのは、進歩している感覚があることだ。

14日間のカウントダウンをするといい。子どもの頃のアドベント・カレンダーのようなワクワクを感じられる。役人があなたをチェックしにくる“エキサイティングな”日や、11日目にある大事なコロナ検査の日、もしくは外に出られるようになる最終日をマークしてもいい。

姪もこのアイディアを気に入ってくれたが、彼女はかなり違う状況にあった。「私の場合は隔離生活が終わる日が決まっていなかったから、カウントダウンのようなことはできなかった。ただ4日間毎に行われるコロナ検査を待つだけ。結果はいつも陽性で、その次の週もその次の週も同じだった」

段々、私は希望的観測を持つことをやめて、ストイックな態度で臨むことにした。がっかりして泣くのは嫌だったから、ルーティンをこなすことに没頭しようとした。今までで一番難しいことだったけどね」

9,運動する

私はヨガマットやストレッチバンドを準備していたし、お気に入りのオンラインヨガ講座も受講した。忘れていたのはエアロビだ。後でオンラインのウォーキングプログラムも見つけた。

運動好きの姪はダンベルとトレーニングチューブを持って行ったという。「ほうきの柄を使って、負荷をかけてスクワットをしたりした。クリエイティブな楽しい時間だったよ」

10,新聞を読む

新聞を読むことが外の世界を思い起こさせてくれたし、一日の良いルーティンになった。新聞はオンラインだったけれど、紙の新聞をぱらぱらとめくるのも特別な楽しさがある。

「10か条」は以上だ。

終えてから思えば、隔離生活はデトックスのようだった。古い毒素の除去から始まり、新しい知見や視点、エネルギーが構成される。スローダウンし、落ち着いて内観すれば、気が楽になる。

隔離生活を終えて外に出れば、この不可避の孤立状態への諦めだけでなく、余計なものに邪魔されない空間で試行錯誤して新しい視点を得る時間を持てたことに、喜びすら感じる。

ある友人はこういったものだ:「一番つらいのは最初の4日間だ」

14日間、そして31日間をそれぞれ生き抜いたことに乾杯!

※著者はワシントン在住、著者の姪はロンドンの大学に通う2年生で、二人はいずれもシンガポール人です。


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