第四回【会計業界】シンガポールの日系会計事務所経営・萱場玄氏に訊く起業論

シンガポール起業ガイド連載 第4回目は、シンガポールの起業家インタビューとして、会計事務所「CPAコンシェルジュ」創業者の萱場玄氏にお話を伺いました。

会計士を目指すことになったきっかけから、シンガポールでの起業にいたるまで、ノートにメモしたくなる「起業論」とは?






起業家・萱場玄氏プロフィール

萱場 玄(かやば・げん)氏

会計事務所CPAコンシェルジュ(CPA CONCIERGE PTE LTD)創業者。公認会計士(日本)、税理士(日本)、プロフェッショナルカンパニーセクレタリー(シンガポール)、Xero公認アドバイザー、経営心理士。

同社は、2019年 Association of Trade and Commerce Singaporeが選ぶ新進企業トップ500のブロンズ部門に選出されるなど、シンガポール国内においてもその業績が高い評価を受けている。



会計士を目指すきっかけになった意外なこととは?

少し昔に遡りますが、実は高校生の時に大学進学を目指していたものの、あまり勉強していなくて、10校ほど受験して全滅でした。浪人して予備校にも通ったのですが、結局、国語1科目だけで合格した大学に入ったんです。そして入学後も、勉学というよりは、365日のうち360日はパチンコをやって稼いでいました。(笑)

ある時、このまま卒業しても、スキルはないし、しがない人生を送るのかなと思い、ここから逆転ホームランを打つにはどうしたらいいか考えたんです。大阪の紀伊国屋書店で分厚い資格の本を読みあさって、経済学部にいたことから、公認会計士だったら資格の勉強をしながら単位も取得できるのでは、と考えたんです。それでまずは簿記3級から受験し始めました。

次第に、会計ってもしかして面白いのかもしれないと思い始めたんです。そして、資格取得には学歴も何も関係ないし、受かってしまえばどんな人も同じように肩を並べられると思い、急にスイッチが入ったんです。

それで心を入れ替えて、全生活を試験勉強につぎ込みました。朝の7時から夜の9時までずっと勉強してました。6時に起きて、専門学校行って、授業を受けて、その後自習室にこもって夜まで勉強して。元旦以外は毎日そうやって過ごしました。

大学3年の時から受験し始めましたが、最初は全く歯が立たず、必死に勉強してようやく大学卒業と同時に合格することができました。


日本でのキャリアで学んだこと

大学卒業後は、大手の監査法人に入社したのですが、周囲には優秀な人がたくさんいて打ちのめされました。ここに自分の居場所はあるだろうかと思うと、長くいることはできないかもしれないと思ったものです。もっとも、同期も次のキャリアを目指して、数年勤務して卒業していくのは自然な流れでした。

ただ、今振り返ると、大手の監査法人で学んだことも多かったと思います。基本的なところでいうと、あいさつの仕方や上座はどこ?といったビジネスマナーを本格的な研修で学んだこと。小さな会社ではなかなかこうした研修まで手が回らないことが多いですが、社会人としてのマナーを学ぶことは案外とても重要なんですよね。

また、新人にして、大企業の中身を見ることができたのは得がたい経験でした。監査法人って数字のチェックだけじゃなく、数字をどうやって作っていくかというプロセスまでチェックするんです。

内部統制システムとも言われますが、大企業は、お金をかけて、どういう支払いプロセスにしたら不正がなくなるか、横領がなくなるかといったしくみをつくり上げているんですよね。普通はそういうことを学べる機会はなかなかないので、とても勉強になりました。


海外を目指す一歩が始まる

大手の監査法人で4年ほど勤務した後、実は2年ほど自己投資の時間があって、英語の勉強を重ねてアメリカに留学しました。加えて筋トレにも励みましたが。(笑)なぜ英語に目覚めたのか?とよく聞かれますが、あまりはっきりと覚えていないんですが、強烈に興味が湧いたんでしょうね。

大手の監査法人では、なぜか国際部に配属になったんです。最初は、正直いうと英語がよく分からなかったのですが、外資の監査を担当して、英語を絶対にやらないといけないような環境になりました。周りがみな英語の案件をやっていたし、海外駐在から帰国した人が昇進したりして、素直に憧れましたね。自分自身にとって、海外を目指す大きなターニングポイントになったと思います。

アメリカに留学したのは、まさにアメリカで就職したかったからですが、残念ながらビザのチャンスに恵まれず、断念して帰国したんです。でもアメリカ行きも英語も諦めていなかったので、英語の仕事を探していたら、東京共同会計事務所に就職が決まりました。

ここでは、国際税務(International taxation)の業務に携わることができました。国際税務には2つあって、日本企業が海外に進出する時の税務と、海外企業が日本に進出する時の税務があるんです。どちらもやっていましたが、日本企業が海外に進出する側が面白いと思ってより携わっていました。

東京共同会計事務所でかなり勉強もしたし、将来的にもやっていけたら面白い。国際税務をできる人がそう多くはないことを考えると、自分の強みにしていくと、いいキャリアになると思いました。

そして、国際税務のキャリアが役立つ国はどこかと思った時に、当時は、香港かシンガポールだったんです。余談ですが、実はその前にはベトナムでの仕事を考えていました。好調な経済成長が見込まれ、親日家の国でもあり、食べものも美味しいし、IT系企業も多い。現地の会計事務所で内定をもらい、妻と子ども1人を連れて下見に行きました。

その時に、子どもの将来を考えて悩んだのが言語のこと。どの国で教育を受けさせたいかと考えた時に、シンガポール一択だと思ったんです。それで、最終的にベトナムは諦めました。香港はいずれ中国に還っていくので、地勢リスクも高い。現地に根付いて長年住もうと思ったら、やはりシンガポールだったんですよね。


シンガポールとの出会い、そして起業へ

それで「シンガポールで働きたいんだよね。」と周囲に話していたら、偶然にも、TMFというオランダの会計事務所が、シンガポールで日本人の公認会計士を雇いたいという話があると紹介を受けました。そして2012年に入社し、シンガポールでの仕事がスタートしました。

当時は、いわゆる士業の方々が、日本からシンガポールにたくさん来ていました。今でももちろん多いですが、撤退した事務所もあれば、存続している事務所もあって、さまざまだと思います。

大手の監査法人や外資系の会計事務所などでのキャリアを経て、シンガポールで暮らすうちに、右も左も分からないシンガポールで起業されたり、新規事業に関わったりする方々に、もっと目線を下げたサービスの提供ができないかと思うようになってきたんです。

専門以外はやらないという会計士ではなく、クライアントと併走できるような会計士でありたいと思うようになり、それなら自分で起業しようと思い、2014年に立ち上げたのが会計事務所「CPAコンシェルジュ」でした。


起業してよかったこと、大変だったこと

会計事務所では、現在11名の仲間とともに日々働いていますが、起業してよかったなと思うことは「人間的に成長できる」こと。サラリーマンとして会社に勤務していた時には見えなかった景色を眺めることができるんですよね。

勤めていた時は効率重視だったので、人とランチなんてほとんど行ったことないんです。(笑)一分一秒も惜しいような毎日なので、コンビニでご飯買って、自分のデスクで仕事しながら食べるようなことをやってたんですが、そういうのって会社としてはあまりいい人材じゃない、ということが起業してみて分かったんです。(笑)

ものすごく仕事ができる人の存在は、もちろん会社にとってありがたいことかもしれないですが、笑顔ができる人とか、挨拶ができるとか、時間通りにできるとか、みんなとランチを仲良く食べたりするとか、そういう人が会社を一緒に支えてくれるいうことが、経営者になって分かりました。

また、人のモチベーションのつけ方とか、人はどういう時にすねてしまうのかといった人事的なことは、会社にとってすごく大事だということも分かるようになりましたね。こうしたことを自分で磨いていくと、人間的に成長できるような実感があります。それが起業してよかったこと。

一方で、起業して大変だったこと。それも「人」にまつわることだったと思います。私自身「のめり込む」タイプなんですよね。大学時代に1年の大半を費やしたパチンコもそうでしたが(笑)、会計士の資格試験の勉強も1日14時間してしまうし、社会人になっても寝る間を惜しんで同僚に負けないように勉強したりとか。

でも、世の中は自分と同じ価値観の人ばかりではないわけですよね。働き方だってさまざまだし、そのどれもが間違っているわけではないということを、会社を経営する際はうまく取り込んでいかなくてはならないんです。その人が持っている良さをどう引き出して、良いものどうしをどう掛け合わせていくか、ということかもしれません。

私自身が自分に厳しいので、起業してからは、伝え方に気を付けたり、社員どうしが仲良くできるようなしくみを作るように心がけてきました。例えば、一緒にランチを食べたり、バドミントン大会をしたり、オフィスにキッチンスペースを作ってみたり。そう、私たちの会社はかなり「ウェット」なんです。(笑)

海外のオフィスはドライなところが多いので、例えば海外の社員を雇用する際にも、当社のウェット性を面接の時に伝えるようにしているんです。ミスマッチが起こらないためですが、残念ですが合わない方は辞められますね。

しかし、当社の経営理念「私達の成長とクライアント満足を通じて圧倒的に信頼され愛され自慢できる会社を全員で創り続ける」に掲げているように「全員で」つくり続けることを大切にしているので、このウェット性は重要視しています。


シンガポールにおける日本からの起業状況について

以前にも増して、シンガポールで新規ビジネスをやりたいというお問い合わせをいただいています。分野としては、Web 3(Web 3.0)関連、例えば暗号資産やブロックチェーン技術、NFTなどに関連する起業の希望が増えているようです。ほかには、貿易関連や富裕層の移住についてもお問い合わせが多いです。

私自身、日本は大好きですし、老後は日本で暮らしたいとも思いますが、さまざまな制度の変化スピードが遅く、経済も悪化する傾向で、残念ですがこのままだと、海外への人材の流出が増える可能性もありますね。

シンガポールも日本と同じく少子高齢化が進んでいますが、政府がとても優秀で実行力があって、決定スピードも早いです。国土が狭いからできることでもあって、日本で同じことができるかと言ったら難しいかもしれませんが。

シンガポールで起業することで、こうしたトップの実行力の早さで変化する国のしくみというものを知り、ぜひそれを楽しんでいただいて、日本に持ち帰ってほしいと思うんです。そして日本をよくしていってほしいし、私たちもそうありたいと思っています。


シンガポールで起業家として成功するために必要な2つのこと

いろいろあって悩みますが・・シンプルに「英語がちゃんとできること」と「現地が好きであること」でしょうか。

まず、日本の方がシンガポールでビジネスをしたいという時に、どうしても言葉の壁もあって、日系企業や当社のような日本語が分かる士業にお問い合わせや発注をいただくことが多くなります。もちろん最初はいろいろなことが分からなくて不安だし、日本語なら安心ということも理解できますが、大企業でない限り、周りの業者を日系の業者で固めてしまうとコストも高くなり、ビジネスとして回らなくなりがちです。もしこれからシンガポールで起業したいと考えるようでしたら、やはり英語はしっかり勉強することをおすすめします。

また、ありきたりかもしれませんが「現地を好きになる」ことは何より大切だと思います。実際、この方は成功しそうだなと思う時は、やはりシンガポールのことが好きで、そのよさをビジネスにも生かしていると思うんですよね。シンガポールは好きじゃないけれど、税制がいいからといった理由だけでビジネスをしている方は、あまり長続きしないかもしれませんね。


目指すのは「ぬくもりのあるスペシャリスト集団」

先ほどお話したように、当社はとてもウェットな社風の会社です。そのかわり、社内で情報共有は頻繁にやっているし、研修合宿もやったりするので、それぞれの職務レベルはとても高いです。

大手になればなるほど、業務は縦割りになりますよね。会計をやる部署、税務をやる部署と分かれていき、例えば何か質問しても、担当以外は分かりませんという回答がどうしても多くなります。私たちは「全員が(強みの強弱はあれど)ジェネラリスト」が基本なので、さまざまな知識、経験が必要になります。未経験で入社する社員も多いため情報共有やOJTは手厚くしていますし、若い社員が連絡を受けて回答に困った時はすぐ誰かに質問できる体制もつくっています。

また、前にもお話したように、当社はクライアントと併走できる会計事務所でありたいので、ご質問いただいた時も、その回答の精度を上げていきたいと思っています。それはつまり「クライアントからなぜその質問があったのか?」から考えることでもあります。会話のなかから、いろいろなアンテナを立ててソリューションに持っていくのがベストと考えていて、会計だけ分かります、ではなくジェネラリストだから答えられる。それを当社の強みとしています。

コロナ禍になって、改めて「会社って何だろう。物理的なオフィスって何だろう。」と深く考えたんです。シンガポールで会社を経営し、より利益を出したいと思ったらタスク型雇用の方が適しているかもしれません。物価の高いシンガポールに住む人を雇用したら、当然その人の住宅費や食費に見合う給料をお支払いすることになりますよね。

会社経営の立場からは、人事も労務も考えなくていいのでタスク型雇用の方が楽になりそうですが、そうなると会社はお金をもらうための箱になってしまうのではないか。そういう存在意義でいいのか。みんなでオフィスに来て、ワイワイしながら仕事して、学校とか、家庭とか、それ以外の「会社」という帰属コミュニティで新たな楽しみをみつけてもらいたいんです。

人生のかなりの時間を使って、人として成長もできて、心のよりどころとなる職場にするためには、ウェットな環境をつくりたい。もちろんけじめはつけながら、専門家でもあり、よき友人でもあるような、そんな人間関係を会社を通じてつくっていきたいなと、コロナ禍を経験して、今改めて思うんです。

シンガポールで起業したり、働きたいと思う方は、ぜひ現地に溶け込んで、シンガポール人の友人をたくさんつくって、地域のイベントに参加してみたり、生活そのものを味わってください。おのずと、日本との違いも見えてきて、日本を見つめ直すきっかけをもらえると思います。


予告

シンガポールという国際金融都市にある会計事務所を経営されている萱場さんから「ウェット」な会社環境を大切にしていると聞くと、意外だと思われる方もいらっしゃるかもしれません。言葉を選びながら、的確で、温かみを感じるお話に、その理由が込められていました。

今後、シンガポールの各業界の起業家インタビュー記事や成功の秘訣などの関連記事を公開予定です。お見逃しなく!

CPA CONCIERGE PTE LTD(シーピーエー コンシェルジュ)
住所:2 Kallang Avenue, #07-25 S339407
最寄駅:EW11 Lavender駅、DT23 Bendemeer駅
営業時間:月~金 8:00~17:00
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●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。



この記事を書いた人

SingaLife編集部

シンガポール在住の日本人をはじめ、シンガポールに興味がある日本在住の方々に向けて、シンガポールのニュースやビジネス情報をはじめとする現地の最新情報をお届けします!