【大人の社会科見学】
シンガポールで楽しむイベントその322
-赤道直下の祝祭体験――シンガポールで出会った「ハリラヤ ハジ」-

北緯1度、赤道直下に位置するシンガポールは、年間を通して常夏の気候が続く、熱帯雨林気候の国です。日本のように春夏秋冬の季節の移り変わりはありませんが、シンガポールには季節以上に魅力的な“多様性”があります。マレー系、インド系、中華系、ユーラシアン系など、異なる文化や宗教を持つ人々が共存し、それぞれの伝統行事や祭礼が日常の中に色濃く息づいています。

その中でも、日本ではなかなか目にする機会のない行事のひとつが、マレー系イスラム教徒によって祝われる「ハリラヤ ハジ(Hari Raya Haji)」です。今年は、6月7日に設定されています。これは、イスラム教における最も重要な宗教的祝祭のひとつで、預言者アブラハム(イブラーヒーム)が神の命に従い、自らの息子イスマイルを生贄として捧げようとした忠誠心に由来する神聖な儀式です。最終的には神がそれを止め、代わりに羊を捧げるよう命じたという逸話は、ユダヤ教やキリスト教にも通じる物語として知られています。

 「ハリラヤ ハジ」は、大きく2つの意味を持ちます。ひとつは「巡礼祭」としての側面です。イスラム教徒にとって、人生で一度はサウジアラビアの聖地メッカへ巡礼(ハッジ)を行うことが義務とされており、これを果たした男性は「ハジ」、女性は「ハジャ」という敬称で呼ばれます。この称号は地域社会でも非常に尊敬されるものです。

もうひとつの意味は「犠牲祭(コルバン)」です。これは、家族や地域で協力し、生きた家畜(主に羊、ヤギ、牛など)を神に捧げる儀式を行うもので、イブラーヒームの信仰心を再確認し、神への感謝と分かち合いの精神を象徴するものです。シンガポールでは毎年、この「犠牲祭」に合わせて多くの家畜が国内外から集められます。

私自身も、ある年のハリラヤ ハジに、シンガポール市内のモスクを訪れたことがあります。そのときの光景は、今でも鮮明に覚えています。モスクの隣に建てられた仮設テントには、儀式を待つ十数頭のヤギたち。時間になると、礼拝とともに儀式が始まり、神に捧げられた家畜は、その場で調理され、参拝者や地域の人々にふるまわれました。食事は信仰と感謝の証として分かち合われ、貧しい人々への支援にもつながっています。

かつては、この犠牲の儀式を観光客や一般市民も見学することができましたが、近年は宗教的な厳粛さを重視し、信者以外の立ち入りは制限される傾向にあります。

ハリラヤ ハジの祝祭は祈りから始まります。イスラムの祝日であるこの日、多くの信者がモスクに集まり、朝早くから礼拝を行います。中でも特に象徴的な場所が、アラブ ストリート近くにある「サルタン モスク」です。シンガポールを代表するモスクのひとつで、ハリラヤ当日の午前8時から9時の間には、建物内に収まりきらないほどの信者が、前の通りにまであふれ、一斉に祈りを捧げる光景は圧巻の一言です。

このような宗教行事を通して、多民族・多宗教国家シンガポールの奥深い文化に触れることができます。たとえ直接参加できなくても、今はYouTubeなどの動画配信で、その様子をリアルに体感することも可能です。祝祭の祈り、犠牲の儀式、人々の表情、信仰の在り方―どれもが、私たちの価値観に新たな視点をもたらしてくれるはずです。

異文化に触れることは、単なる“見学”ではなく、相手の背景や精神性に思いを寄せること。その第一歩として、「ハリラヤ ハジ」は、きっとあなたの心を揺さぶる体験になるでしょう。

大人の社会科見学 筆者

森山 正明
大人の社会科見学シンガポール版は、シンガポールで生活している方々へ、シンガポールの奥深さを知ってもらいたい思いで活動を始めました。「3か月も住んでいればシンガポールは飽きてしまう」と巷では言われますが、なかなかどうして、この地ならではの楽しみは、尽きることはありません。

2013年11月からこのサークル活動を始めて約11年。行ったイベントは、200回を超え、その中から読者の方にもシンガポールの文化や習俗について年中行事を軸に紹介をして参ります。
 
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●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。


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この記事を書いた人

SingaLife編集部

シンガポール在住の日本人をはじめ、シンガポールに興味がある日本在住の方々に向けて、シンガポールのニュースやビジネス情報をはじめとする現地の最新情報をお届けします!

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