【大人の社会科見学】
シンガポールで楽しむイベントその337
-シンガポールを支える“食”の原点――ホーカーセンターのすべて-

シンガポールの食文化を語るうえで欠かすことができない存在が「ホーカーセンター」です。屋台グルメの楽園として、地元の人々の日常を支え、観光客の舌をうならせてきました。

しかし、ホーカーセンターは単なる飲食施設ではありません。そこには、多民族国家であるシンガポールならではの歴史や哲学、そして社会の仕組みが息づいています。


ホーカーセンターとは?

ホーカーセンターとは、一言で言えば“巨大な屋台村”です。大きな建物の中に、数十から百を超える個人経営の屋台が集まり、中華・マレー・インド・ペラナカンといった多民族のローカルフードを手頃な価格で楽しむことができます。

エアコンのない開放的な空間には、早朝から夜遅くまで活気があふれ、家族連れやビジネスマン、学生など、さまざまな人々が行き交います。地元の人にとっては「台所」のような存在であり、観光名所としても愛されていることから、まさに国民生活の“胃袋”を支える場といえるでしょう。


ホーカーセンターの歴史

その始まりは19世紀後半にさかのぼります。当時のシンガポールは港町として発展し、各地からやって来た移民たちが路上で屋台(ホーカー)を営んでいました。しかし、経済発展と人口の増加にともない、衛生面の問題や交通渋滞が深刻化していきます。

1970年代、政府はこうした屋台を一か所に集める政策を進め、正式なホーカーセンターを次々と建設しました。今では島内に100か所以上のホーカーセンターがあり、その多くが地域コミュニティの中心として親しまれています。



ホーカーセンターの特徴

🔶政府機関による運営
ホーカーセンターは基本的に、シンガポールの政府機関(主に環境庁=NEA)が設計・建設・管理を行っています。出店者は政府から「ホーカーライセンス」を取得し、決められたルールに基づいて営業します。

家賃や営業時間、ゴミ出しの時間、メニューの多様性などが公的に管理されており、すべての出店者が公平な条件でお店を構えることができます。こうした徹底した「官民協働」の仕組みは、シンガポールらしい運営の特徴といえるでしょう。

🔶厳しい衛生管理
かつて路上屋台だった時代の反省から、ホーカーセンターでは特に衛生管理が徹底されています。全店舗が定期的に衛生検査を受け、「A」から「D」までの衛生等級が必ず店頭に掲示されます。

調理場や食器洗浄は共用システムで効率化され、場内も常に清掃スタッフが目を光らせています。とくにコロナ禍以降は換気や消毒も強化され、「世界一清潔な屋台村」として高い評価を得ています。



「ホーカーセンター」「フードコート」「コーヒーショップ」の違い

シンガポールには「フードコート」や「コーヒーショップ(コピティアム)」もありますが、ホーカーセンターとは性格が異なります。

ホーカーセンターは政府が管理する公共インフラであり、地域住民のための非営利的な施設です。一方、フードコートは主にショッピングモール内で民間が運営し、空調やサービスが充実している反面、価格はやや高めです。

コーヒーショップは街角にある小規模な飲食スペースで、よりローカル色が強いのが特徴です。ホーカーセンターは「公共の台所」として、シンガポール市民の食生活を支える役割を担っています。



ホーカー文化のユネスコ無形文化遺産登録

このホーカー文化は2019年、シンガポール政府によってUNESCOの無形文化遺産に申請され、2020年12月に正式に登録されました。「多民族社会の調和」「手頃で多彩な食」「衛生的で秩序ある公平な運営」といった特徴が国際的に評価されたのです。

一方で、隣国マレーシアから「同じような文化がある」という声も上がり、SNSやメディアで“ホーカー本家論争”が巻き起こりました。最終的には「お互いの文化を認め合おう」という形で落ち着きましたが、それだけこの文化が両国にとって誇り高いものであることを示しています。

 

まとめ

ホーカーセンターは、単なる「食事の場」を超えた、シンガポール社会そのものの縮図といえます。多様な人種や宗教の人々が同じテーブルで食事を楽しみ、政府と市民が協力しながら、世界でも類を見ないほど清潔で活気ある“公共空間”を維持しています。

ユネスコの無形文化遺産への登録は、「誰一人取り残さない社会」を実現しようとするシンガポールの姿勢の象徴でもあります。

ぜひホーカーセンターで地元の味と人々の息遣いを感じてみてください。そこには、世界に誇るべき“食”と“共生”の哲学が息づいています。


大人の社会科見学 筆者

森山 正明
大人の社会科見学シンガポール版は、シンガポールで生活している方々へ、シンガポールの奥深さを知ってもらいたい思いで活動を始めました。「3か月も住んでいればシンガポールは飽きてしまう」と巷では言われますが、なかなかどうして、この地ならではの楽しみは、尽きることはありません。

2013年11月からこのサークル活動を始めて約11年。行ったイベントは、200回を超え、その中から読者の方にもシンガポールの文化や習俗について年中行事を軸に紹介をして参ります。
 
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●記事内容は執筆時点の情報に基づきます。


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この記事を書いた人

SingaLife編集部

シンガポール在住の日本人をはじめ、シンガポールに興味がある日本在住の方々に向けて、シンガポールのニュースやビジネス情報をはじめとする現地の最新情報をお届けします!

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