【東南アジア×報道の自由】フィリピン人ジャーナリストがノーベル平和賞、ペンの力で強権に対抗

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

10月8日、ノーベル賞選考委員会はフィリピン人ジャーナリストで独立メディア「ラップラー(Rappler)」の創設者であるマリア・レッサ氏を選出した。

東南アジアでノーベル賞を受賞した人物は、レッサ氏が5人目で全員が平和賞だ。歴代の受賞者は、1973年にベトナムの革命家で政治家のレ・ドゥク・ト氏(受賞辞退)、1991年にミャンマーの政治家アウン・サン・スー・チー(後に国家顧問)、1996年にポルトガル領ティモールのカルロス・フェリペ・シメネス・ベロ司教と政治家のホセ・ラモス=ホルタ氏(後に首相、大統領)がいる。

レッサ氏以外は、政治家あるいは政治家に近い活動家であり、レ氏はベトナム戦争の和平への貢献、スーチー氏は軍政に対する非暴力の抵抗、東チモールの二人は独立の平和的解決の功績が受賞理由となった。

一方でレッサ氏は、ドゥテルテ政権による暴力を伴う麻薬取締キャンペーンを含む権力の乱用を手厳しく批判した人物だ。ドゥテルテ政権による暴力で麻薬関係者の摘発も確かに行われたが、十分な証拠のない人物が殺害されたり、マフィアとの銃撃戦に巻き込まれて亡くなったりした無辜の市民も多い。

レッサ氏は、他の4名の受賞者がミャンマーのような完全な独裁政権や、戦争や独立の指導者とは異なり、政治家として政治プロセスに入り込むことなく、言論人としてペンの力を通じて、ドゥテルテ政権に対する抵抗を訴えた点が特徴的だ。

国境なき記者団が毎年発表する「世界報道自由度ランキング」によれば、東南アジアの報道の自由度は低い。国内治安法やそれに近い法律が存在していたり、軍事力を背景にした政権や超長期政権が強権的な統治をしていたりする国もある。

報道の自由を認めすぎると、特定民族の反感感情があおられる危険性や、多様すぎる意見は経済発展を遅らせるため、やむを得ないという考え方もある。しかし、近年はソーシャルメディアの発達で報道の自由を抑え込むことは現実的ではなくなっている。

レッサ氏の平和賞受賞は、東南アジアの報道の自由のあり方に一石を投じるだろうか。

報道自由度ランキング2021年(上位とアジア大洋州主要国・地域抜粋)

*2021年10月10日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

クロールアソシエイツ・シンガポール シニアバイスプレジデント

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアや新興国を軸としたマクロ政治経済、財閥ビジネスのグローバル化、医療・ヘルスケア・ビューティー産業、スタートアップエコシステム、ソーシャルメディア事情、危機管理など。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年12月より現職。共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。東京外国語大学アジアアフリカ言語文化研究所共同研究員、同志社大学委嘱研究員を兼務。栃木県足利市出身。



この記事を書いた人

SingaLife編集部

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